ノドグロ一皿240円(一貫)
「あっ、倫さ〜ん!こんにちは〜!」
遠くからピエロのような格好の人物が大きく手を振っている。認めたくないが、彼が今日の待ち合わせ相手だ。
「耕太クン……今日もその……オシャレやな」
ショッキングピンクと深い青の格子柄のトレーナーに黄色のスキニーパンツを合わせた耕太クンが嬉しそうにはにかむ。この微笑みだけ見ればとんでもないイケメンなんやけどなぁ……なぁ。
「え、分かりますか?これもブチックまるやまで買ったんですよ〜!」
「あー、ほっかー、良かったなあ」
などと駄弁っていると、背の高い美男子が近づいてきた。
「おや、待たせてしまったかな、申し訳ない」
もう一人の待ち合わせ相手、ファービーだ。今日は黒いシャツにグレーのパンツを履いており、シンプルながらも(顔面の効果で)洗練された印象を受ける。
「いや、俺も今来たとこやで」
「全然待ってません!さあ、お店に入りましょう!」
耕太クンは元気よくそう言うと店の戸を開けた。
「実は僕、回転寿司に来るの初めてなんだ」
席に着くなり、ファービーが衝撃の一言を放った。
「ええっ!?ファービーさん回転寿司初めてなんですか!?」
「ほんまに……?寿司食うたことないんか……?」
「いや、普通のお寿司屋さんなら行ったことあるよ。回るお寿司が初めてなんだ」
なんやこいつ、ブルジョワか。こちとら回らん寿司の方が食ったことないっちゅうの。
「そういうことなら、僕が回転寿司の楽しみ方を教えてあげます!」
耕太クンは謎にウキウキしている。
「せやな、俺たちが教えたるわ。まず席に着いたら手ぇ洗わなあかんねん。そこに蛇口あるやろ、黒いとこ押すとお湯が出るから手ぇ洗い」
「ああ、分かったよ」
ファービーは俺の言葉を1ミリも疑うことなく蛇口に手を伸ばした。
「ちょちょちょ、ちょっと!倫さん嘘教えないでください!ファービーさん、それはお茶用の熱湯が出る蛇口です!絶対手を洗っちゃダメですからね!」
「おや、そうなのかい?」
「まさか回転寿司の定番ジョークが通じんとは思わへんかったわ……ほんまに初めてなんやな」
「倫さん……倫さんまでボケたら誰がツッコむんですか?話の進行に支障が出るからツッコミに専念してください」
メタ的な視点で怒られた。
「はい!仕切り直して、まずはお茶を作ります!
この粉のお茶を湯呑に入れて、お湯を入れるだけです!」
耕太クンが手際よくお茶を淹れてくれる。
「お、ありがとな」
ズズッとお茶を一口啜る。寿司屋のお茶ってなんか美味いんよな。
「ありがとう耕太くん」
ファービーは受け取ったお茶を美しい所作で飲んだ。こいつ、やっぱり金持ちなんやな……。
「さて!待ちに待ったお寿司を食べましょう!」
耕太クンが元気よく言った。
「耕太くん、倫くん。一つ質問いいかな?」
ファービーが人差し指を立てた。
「この、レーンに流れてるお寿司は見本なのかな?どうやらタッチパネルから注文するようだけど」
「いえ!流れてるお寿司も食べられます!」
「回転寿司って元々タッチパネルなかったからな」
「なるほど、でもカバーが固定されているから取れないんじゃないかい?」
「あ、それならこうやって……」
耕太くんは流れてきたサーモンの皿の端をつまむと、クイッと上に押し上げ、難なくカバーを開けて皿を取った。
「はい、取れました!いただきます!」
「へぇ……そうやって取るんだ」
ファービーは今までに見たことがないくらい驚いている……そんな驚くとこか?
「でも、流れてくるの待ってるのは大変ですからね。こっちで頼んじゃいましょう!」
耕太クンはファービーにタッチパネルの画面を向けた。
「へぇ……全部安いねぇ……あ、ノドグロ食べようかな」
「のどぐろ……って何ですふぁ?」
先程のサーモンをムシャムシャしながら耕太クンが聞く。
「ん?魚だよ」
そらそうやろ。
「……って待てファービー、ノドグロ240円やし一貫しか乗ってないで」
「うん?そうだね」
「いやいや、他に安いネタいっぱいあるやん?」
「うーん、でも他のお店だともっと高いし、ノドグロ食べたいからねぇ」
「食べたいもの食べるのが回転寿司の楽しみ方ですよ、倫さん!」
……俺が……貧乏性なんかなぁ……。
「じゃあ僕は〜、カルビ寿司とハンバーグ寿司にします!」
「……っ」
思わずツッコミそうになるが、先の耕太クンの言葉を思い出しグッとこらえる。だが心の中でツッコむ分には自由だろう。いや魚食えや!
「倫さんは?」
「……マグロ」
「大トロかい?」
「いやいやいやいや!普通の赤身や、赤身!」
これだからブルジョワジーは!大トロなんか人生で食ったことあるか分からんっちゅうの……。
「じゃ、ひとまず注文しちゃいますね!」
耕太クンがタッチパネルをぴょこぴょこ操作する。その間、ぼんやりレーンを眺めていると、
「あ、耕太クンすまん、そこのエビ取ってくれへん?」
流れてきたエビに目が留まった。
「了解です!」
耕太クンは流れるような手付きでエビを取ってくれた。これこれ、甘エビより蒸しエビのが好きなんよなぁ。あー美味っ。
「耕太くんは本当にお皿を取るのが上手だねぇ。僕もやってみようかな」
そう言うとファービーは流れてきた真鯛(これも一貫……!)に手を伸ばした。しかし。
ガチッ!ガタガタ!ガッ……ガキッ、ガコンッ!
レーンのギリギリでやっと皿を取ったファービーは
「僕にも取れたよ!」
と誇らしげな表情で言った。なんやこの人、可愛いとこあるやん。
「さっすがファービーさんですねぇ!」
耕太クンは素直に称賛している。
「どれ、頂こうかな……うん、お値段以上の味だね。気に入ったよ」
ブルジョワファービーのお口にも合ったようで、ちょっと嬉しい。
そうこうしていると、ガーッとレーンが動く音がして、注文した寿司が運ばれてきた。
「あっ、来ました来ました〜!はい、ファービーさんの!こっちが倫さんですね!」
耕太クンが手早く各々の寿司を配ってくれる。
ふとファービーを見ると、ビックリした顔でレーンを見ていた。
「ファービー?」
「あぁ、いや……こうやって届くとは思わなくて……ちょっと驚いてしまったよ」
初めての回転寿司に新鮮に驚くファービー、やはりちょっと可愛い。
「あはは、確かに最初に来たときは僕もビックリしちゃいましたよぉ、もぐもぐ」
ハンバーグ寿司を頬張りながらフォローする耕太クン。どうやら、いつも完璧なファービーに何かを教えてあげられることが嬉しいらしい。コイツも可愛いなぁ。
「次は何を食べようかな……おや!お寿司屋さんなのにラーメンやうどんがあるのかい!」
「あー、せやせや。結構美味いらしいで、俺は食べたことあらへんけど」
だって寿司屋に来たら寿司で腹いっぱいになりたいやん。
「僕も食べたことないですねぇ」
「ふぅん……食べてみようかな」
「え……ええんか!?せっかく寿司食いに来たのに麺で腹満たしてもうて……」
「だって、ここでしか食べられないんだろう?それに、蕎麦屋のカツ丼や牛丼屋のカレーだって美味しいと聞くからね。寿司屋のラーメンがどんなものか……確かめてみたくなったよ」
バチコンと音がしそうなウインクを飛ばしてくるファービー。
「た、確かに……僕も気になってきました!」
「そう言われたら俺も……」
「じゃあ3人でそれぞれ違うものを頼んで、食べ比べてみないかい?僕は醤油ラーメンにしよう」
「いいですねぇ!じゃあ僕はうどんにします!」
「ほな俺はこの鶏白湯麺かな」
ぴょぴょぴょとタッチパネルを操作し頼んでくれる耕太クン。
「ついでに僕マヨコーン軍艦頼みますけど、何かいりますか?」
「あ、俺えんがわ頼むわ。ファービーは……て、ええ!?」
ふとファービーの方を見ると、彼の前にはウニ、ぶり、大トロ(全部一貫モノ……!)が並んでいた。
「あ、僕は大丈夫だよ。流れてきたのを取ったからね」
「い、いつの間に取ったん……さっきはあんなガタガタいうとったのに……」
「ああ、さっきので取り方はマスターしたよ」
お、恐ろしい男や……。
「流石ですねぇ、ファービーさん!」
やはり耕太クンは素直に称賛している。
「おや、いなり寿司とイカ、君達食べるかい?」
「えっ、どうしておいなりさん好きなの知ってるんですか!?」
「確かに俺イカ好きやけど、言うたっけ……?」
「なんとなく分かるんだよ」
そう言ってファービーは両手をレーンに伸ばすと、目にも止まらぬ速さでロックを外し皿を取ってくれた。
「はい、どうぞ」
「あ、ありがとうな……」
「いただきます!」
今更やけどファービーって何者なんやろなぁ……。
ファービーの正体に思いを馳せながらイカを咀嚼していると、またレーンが動き丼が三つ運ばれてきた。
「あっ、来ましたねぇ!ワクワクです!」
「魚介出汁の良い香りだね、これは美味しそうだ」
耕太クンがそっとレーンから丼を下ろしてくれる。
蓋を取ってみると、ふわりと白い湯気が立ち上った。同時に、出汁の芳しい香りが鼻腔をくすぐる。
「どれ、まずはスープを……」
スープを啜るファービーに習い、俺と耕太クンも丼に口を付ける。
鶏の出汁の中に確かに海鮮の風味を感じる。これは美味い。続いて麺を一口。細麺がスープとよく絡んでこれも美味い。
「うん!とっても美味しいです!」
「これは期待以上の味だよ……美味しいな」
「せやな、今まで食うてなかったんが勿体ないくらいやわ」
「僕のラーメンも食べてみるかい?」
「あっ、食べたいです!うどんもどうぞ!」
「ほな丼順番に回そか」
俺たちは順繰り丼を交換しながらそれぞれの麺を味わった。ラーメンはより魚介の味が効いていて美味いし、うどんも柔らかな出汁の味に太麺が合っていて美味い。結論、全部美味い。
「いやぁ、全部美味しいですねぇ!ビックリしちゃいました」
「本当だね……正直侮っていたよ」
「たまには寿司以外食うのもええなぁ……」
その後も俺達は各々の思うがままに寿司を食った。ファービーはやはり高いモンばっか食っていたし、耕太クンは肉や変わり種の軍艦ばっか食っていた。俺?俺はまぁ、皿に2貫乗っ取って安ければ何でも食うから。
「ふぅ……だんだんお腹いっぱいになってきましたねぇ」
「せやな……俺も満足かなぁ」
「おや、君達もう満腹かい?僕はデザートをいただこうかと思っていたのだけれど」
「デザートは別腹です!」
「デザートは別腹や」
俺と耕太クンの声がシンクロした。回転寿司に来てデザートを食わんなんて愚行、犯す訳がない。
「ふぅん……デザートもこんなに種類があるんだねぇ、迷ってしまうよ」
「僕!チョコレートケーキと大学芋食べたいです!」
「俺はシューアイスかな」
一番安いからな。
「即決だねぇ、うーん、じゃあ僕はミルクレープにしようかな」
ファービーの長い指が注文ボタンを押す。
「それにしても……今日は楽しかったよ。この世界には僕の知らないことがまだこんなにあるなんてね」
「大袈裟やなぁ。そんなん言うたら俺なんて何も知らんよ」
「でも、初めてのことってワクワクするし、いっぱいそのワクワクを味わえるのっていいことですよね!」
「せやなぁ。今度はファービーに俺らの知らんこと教えてもらうのもええかもな」
「おやおや……何を教えてしまおうかな」
ファービーが悪戯っぽく笑う。甘いマスクのせいなのか、その言葉の奥にある何かになのか、思わずドキリとしてしまう。
「……っ、あっ、来たみたいやで」
丁度いいタイミングでデザートが届いた。例によって耕太クンがささっと皿を取ってくれる。
「大学芋美味しいんですよ〜、良かったらどうぞ!」
フォークを配りながら耕太クンが言う。
「ほな遠慮なく……えっ、美味っ!初めて食うたけどほんまに美味いなコレ」
「本当だ……蜜もたっぷりで程よい甘さだね」
「そうでしょうそうでしょう!」
好きなものを褒められて嬉しそうな耕太クン。やっぱり可愛ええなぁコイツ。
シューアイスは安定の美味さだ。給食のデザートで出たのを思い出してノスタルジックな気分になる。と、いうのを言ってみたところ
「僕の小学校ではそんなハイカラなデザート出たことないです」
「給食……っていうのを経験したことがなくてね」
全く共感を得られなかった。なんでや。
デザートを食べ終えた俺たちは皿をまとめ、テーブルを片した。
「さて、お腹も満たされたことだし、そろそろ行こうか」
「待ってくださいファービーさん!」
耕太クンが今日イチの大声を出した。
「まだ一番のお楽しみが残ってます……!それがこれ!びっくらポンです!」
耕太クンが皿の投入口をビシッと指差す。
きょとんとしているファービー。
「びっくら……ぽん?」
「そうです!お皿をここに入れるとゲームが始まって、当たると景品がもらえるんです!」
「へぇ……そんな仕組みがあるのかい、面白いね」
「さっそくお皿を入れてみましょう!」
ガコガコと皿を投入する耕太クン。5枚放り込んだところでタッチパネルの画面が切り替わり、ゲームが始まった。
「へぇ、これは何か操作するのかい?」
「いえ!祈るだけです!」
いやまぁそうなんやけど。耕太クンをみるとちゃんと手を合わせて祈っていた。そこまでするか?
「あぁ……外れちゃいました……」
「なるほど、本当に祈るだけなんだね。じゃあ僕もちゃんとやろう」
そう言うとファービーは皿を5枚入れ、手を合わせて祈る体勢に入った。いやアンタもやるんかい!
「また外れだね」
「なかなか当たりませんね……倫さんちゃんと祈ってました?」
白い目を向けてくる耕太クン。俺を巻き込まんでくれんかな。
「今度は倫さんどうぞ!ちゃんとお祈りしてくださいね!僕らもやりますから!」
そう言われ、俺は渋々皿を入れて手を合わせた。
するとどうしたことか、画面にはでかでかと『あたり』の文字が表示された。そして頭上からカコンという音がして、カプセルが転がってきた気配がした。
「やったぁ!祈りが通じました!」
「おや、信じる者は救われるというわけだね」
「えっ、えええええ!?」
いやいや、偶然やろ!?でも耕太クンはお祈りパワーを信じてまうんやろなぁ……。
「さてさて、何が当たったんでしょう!」
耕太クンがいそいそとカプセルを取り上げ、カパリと開封した……が。
「なんこれ」
出てきたのはアルカイックスマイルを浮かべたシソの葉のストラップだった。どうやら他にもアルカイックスマイルを浮かべたサンチュの葉やクレソンの葉、ルッコラの葉などがあるようだった。
「…………いや何なんこれ!?そもそもなんで葉っぱに顔付けよう思うたんや!しかも謎の微笑み浮かべとるし!しかも葉っぱのチョイスが絶妙にマイナー!ちびっ子区別つかんやろ!」
一息で捲し立て、ぜぇぜぇと肩で息をする俺。
「言いたいこと全部言ってくれてありがとう、倫くん」
「スッキリしました」
何故か二人から真顔でお礼を言われた。
「これ、俺いらんのやけど……どっちかいる?」
黙り込む二人。
「……いや、僕がもらうよ」
口を開いたのはファービーだった。
「初めての回転寿司の記念にしようと思ってね」
そう言ってバチコンとウインクを飛ばしてくるファービー。俺が女の子やったら間違いなく惚れ取ったで……。
「さてと、お皿も入れ終わったしそろそろ行こか」
「そうですね!あ、すみませんちょっとおトイレに……」
「僕もお手洗いに行ってくるよ」
「おー、いてら」
二人を見送った俺は、ぼけっとスマホをいじっていた。そしてふと、お会計いくらやったかなと伝票を見ようとした、が、伝票が見当たらない。
おかしいなぁ……とテーブルの下などを探していたところに二人が戻ってきた。
「倫さん、どうしたんですか?」
「いやなぁ、伝票が見当たらんねん」
「なんだ、そんなことかい。気にしなくていいから行こうか」
ファービーがそんなことをのたまう。
「いやお会計できんと出られへんやん」
「そうですよぉ、店員さん呼びますか?」
「大丈夫だよ」
ズンズンと歩いていってしまうファービー。彼に続いて入口に戻ると、ありがとうございましたと店員さんに頭を下げられる。あれ、お会計済んでる?え?
そのまま店を出てしまうが、呼び止められることもなく。
少し歩いたところでファービーが振り返って言った。
「無銭飲食成功だね」
悪戯っぽい微笑みを浮かべるファービー。アンタまた……
「ええっ、食い逃げしちゃったんですか!?どうしよう、指名手配されちゃいます!」
真に受けて慌てる耕太クン。
「耕太クン、大丈夫や。ファービーにごちそうさまだけ言うとき」
「あれ、バレてたか」
楽しそうに笑うファービー。
「「ごちそうさまでした」」
俺たちはとりあえずお礼を言っておいた。
「お礼を言うのはこっちの方さ。今日はとても楽しい経験をさせてもらったよ」
シソのストラップを見せて微笑むファービー。
「楽しかったですか!?なら良かったです!」
「せやな。回転寿司初めてって聞いたときは驚いたけど……満足してもらえたみたいで嬉しいわ」
「じゃあまた3人で来ましょうね!」
「ああ、また来たいね」
「今度は別の店行くのもええな」
俺達は満足げに笑い合う……が、俺にはずっと引っかかっていることがあった。
「やっぱりお寿司は最高ですねぇ!」
「いや耕太クン……今日魚全く食うてないな!?」