花忍本店

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ラブレター

草原に涼やかな風が吹き抜ける。

またあの夢だ。 

私は馬に乗り草原を歩いていた。

そこへ、前から馬を駆る一人の少年がやってきた。整った顔立ちに、柔らかくカールした黒髪が風に吹かれたなびく。すれ違いざま、バチッと目が合った。ドクリと心臓が跳ねる。

そこで、いつも目が覚める。

これは、昔本当にあったことだ。

小学生の頃、親に連れられて行った避暑地で出会った彼に、私は一瞬で心奪われた。

彼の名前も、どんな人なのかも知らなかった。けれど、間違いなく初恋だった。

そして、勢いでラブレターをしたため、厩務員さんに預けて帰ったのだ。

しばらくは彼との再会を夢見ていたが、名前も知らない人だ。彼の存在はやがて、甘い思い出として記憶の海に沈んでいった。

 

そして時が経ち今。私は大学4年生になり、服飾の勉強をしていた。来年からの就職先も決まりあとは少しの単位と卒業制作を残すのみとなっていた。

そんな中、私は誕生日を迎えた。

私の学科では学生主催で誕生日会を開く慣習があり、私も例に漏れず誕生日会を開いてもらう事になっていた。今日は気合い入れてメイクしないとな。私は顔を洗って準備をすべくベッドから起き上がった。

 

雅ちゃんお誕生日おめでと〜!」

パンッとクラッカーの弾ける音。集まってくれた皆が口々におめでとう、と言ってくれる。

「ありがとう!」

私は皆を見渡すと笑顔で応えた。

「いやぁ、みやちゃん先輩のお誕生会できるの、今年で最後かーって思うと寂しいですよぉ」

ひとつ下の後輩であるまなちゃんが泣き真似をしながら駆け寄ってきた。

「卒業してもお祝いするからねぇ」

同学年の親友、聖ちゃんはニコニコしながらお菓子を食べている。

この二人は学内でも特に仲のいい友人で、この誕生日会を主催してくれたメンバーでもある。

「二人とも今日はありがとね。すごく嬉しい」

「大好きなみやちゃんのためだもん〜。喜んでもらえて良かったぁ」

聖ちゃんが満面の笑みを浮かべる。それを見て私も心が温かくなった。

「あ、みやちゃん先輩〜、幸さん達も後で来てくれるらしいですよ!」

まなちゃんがニヤニヤしながら話しかけてきた。

それを聞いて、心臓がドクッと跳ねる。

幸さんとは、去年卒業した私の先輩で、在学中は私のことをたいへん可愛がってくれていた。そして私はそんな幸さんに、淡い恋心を抱いていた。だって、幸さんというのは女性ながら王子様のような振る舞いをする美しい人で、私をまるで子猫ちゃんのように扱う、なんというかもう……存在がズルい人なのだ。惚れるなという方が難しい。

そして聖ちゃんもまなちゃんも、私が彼女にホの字だということは気づいている。

「良かったねぇみやちゃん」

「今年こそいったれですよ!」

「いやいや無理だよまなちゃん……だって幸さんには……」 

「わかんないでしょお!?ま、とにかく幸さん達が来るまでお誕生会楽しんでくださいね!」

聖ちゃんとまなちゃんはそう言うと集まってくれた人たちに声を掛けに行ってしまった。

 

その後、集まってくれた皆が次々と話しかけに来てくれた。

「雅先輩〜!誕生日おめでとうございまっす!」

中学の後輩、大河くんが大きな袋を持ってやって来た。

「やー、雅先輩の誕生日会が今年で最後なんてやってらんねっすよ〜」

彼は地下アイドルをやっておりそこそこ人気らしい。

だが、

「あ、これプレゼントっす。見て〜、中学のジャージ完全再現したんすよ〜。素材にもこだわって作りました!部屋着にしてください!」

ちょっと変わった奴である。

「ありがと……いや、本物じゃん。名前の刺繍まで入ってるじゃん。うちの実家から盗んできた?」

「そうそう、夜中にこっそりね……ってちょっとぉ!?俺が作ったんすよ!もー雅先輩ってばぁ」

「あはは、ごめんごめん。すごいクオリティ高いよ。ありがとう」

「いやいや、笑ってもらえて良かったっす!じゃ、俺飯食わしてもらうんで!」

大河くんは颯爽と去っていった。

 

「田川、誕生日おめでとう」

次に話しかけてきたのは小学校からの同級生、佐々木くんだった。

「あ、佐々木くん。来てくれてありがとう」

「こっちこそ、毎年呼んでくれてありがとう。これ、誕生日プレゼント」

中身は可愛らしいお花型の入浴剤の詰め合わせだった。

「あ、可愛い……さすが、お姉ちゃん3人いるだけあって、女心分かってるね」

「まぁね、鍛えられてるから」

佐々木くんはそう言って苦笑した。

「にしても、田川はすごいよ。1年の時から賞取ってるし、きっと卒業生代表にも選ばれるんじゃないかな」

「そんな……でも、頑張ってきたことが認められて本当に嬉しい」

「そういうとこ、本当にカッコいいよな〜。憧れるよ」

「やだ、照れるじゃん……でもありがと」

「じゃあ、俺そろそろ行くね。この後も楽しんでな」

「うん、ありがとう〜」

 

誕生日会が始まって1時間程経った頃。待ちに待った人がやってきた。

「雅、遅くなってごめんね。誕生日おめでとう」

不意に後ろから声を掛けられる。そこにいたのは、

「……!幸さん!来てくれたんですね、ありがとうございます!」

憧れの先輩、幸さん……と、そのお友達の和さんだった。

幸さんは緑のメッシュが入ったショートヘアで整ったお顔を彩っている。キュッと引き締まったウエストをこれでもかと見せつけるヘソ出しTシャツに、長い脚を存分に生かしたパンツスタイルが良く似合っている。思わず見惚れてしまいそうだ。

そしてお隣の和さんもまた眼を瞠るような美人で、長い黒髪がとても艷やかだ。

雅ちゃん、おたおめ」

「和さんもわざわざありがとうございます」

「雅ももう4年かぁ。もう就職決まってるんだってね」

「はい、デザイン事務所に内定をいただいてます」

「うんうん、偉いぞぉ雅」

幸さんが私の頭をわしゃわしゃと撫でる。幸さんに触れられたことが嬉しくて、顔が火照りそうになる。

「あ、これ僕たちからのプレゼント。良かったら使って」

幸さんが手のひらほどある紙袋を手渡してくれる。中身は有名ブランドのアイシャドウパレットだった。

「可愛い……!色味もすごく綺麗だしデザインも素敵……」

「和と二人で選んだんだ。雅が好きそうなのどれかなーって」

「気に入ってくれたら嬉しいな」

「すごく気に入りました!ありがとうございます……!」

「どういたしまして」

和さんがふわりと微笑む。悔しいけど、美人だなぁ……。

「……おっと、まだ話していたいけれど、雅のことを待ってる奴がいるみたいだからね。僕らはこれで失礼するよ。じゃ、パーティー楽しんで」

そう言うと二人は行ってしまった。

仲睦まじい二人の後ろ姿を少し切ない気分で眺めていると、

「田川先輩」

後ろから男性の声で呼びかけられた。

振り向くと、長身に銀髪の美男子がそこに立っていた。彼は……

「流星くん。今年も来てくれたんだ」

彼は境流星くん。二つ下の後輩だ。何故か三年前の入学以前から私の誕生日会に来てくれている。しかしながら、それまで会ったこともなければ顔すら知らなかったので、どうして私に会いに来てくれているのかは謎だった。

「あの……これ、プレゼント……良かったら」

「毎年ありがとう。流星くんがくれる物、いつも私の好みだから嬉しいんだ」

「……!そ、うっスか……」

彼は無口、というかぶっきらぼうな性格のようで、普段から取り巻きの女の子にも塩対応だ。私相手にも例に漏れず、いつも言葉少なであるけれど、今日は何だか様子がおかしい。何かを言い淀んでいるようだった。

「流星くん、どうかした?」

「いや……、その、そろそろ思い出してくれたりって……」

「思い出す……?何か約束してたりした……?」

どうしよう、何も思い出せない。そんな私を見た彼は少し悲しげな表情を浮かべると

「……いや、大丈夫っス。それじゃ」

と言って立ち去ってしまった。

どうしよう、怒らせてしまったかもしれない。けれど、私には何の心当たりも無かった。

ふと、彼から貰ったプレゼントを開けてみる。

それは、私の誕生石の付いた蹄鉄型のピアスだった。今年も私の好みど真ん中だ。けど、どうして蹄鉄……?と思っていると

「みやちゃん、どうかした?」

聖ちゃんとまなちゃんがやってきた。

「ううん、何も……」

「そう?なら良いんだけど。そろそろお開きにしようかと思って」

「あっ、もうそんな時間だね?うん、じゃあ挨拶するね」

私は集まってくれた人たちに挨拶をし、お誕生日会を終えた。

 

「聖ちゃん、まなちゃん、今日は本当にありがとう。楽しかったよ」

「みやちゃん先輩がそう言ってくれて、ウチらとしても頑張った甲斐がありますよ〜!」

「うんうん、最後だから張り切っちゃった」

「じゃあまた授業で」

「おやすみ〜」

「おやすみなさい!」

会場の片付けを済ませ、私は二人と別れ寮の部屋に戻ろうとしていた。両手にプレゼントが入った紙袋を持ち、よたよたと道を歩いていると、前方に3人の女性が立っているのが見えた。

あぁ……。私はどっと体が重くなるのを感じた。

こちらに気付いた一人が甲高い声を上げる。

「あー!田川せんぱぁい!お誕生日おめでとーございまぁす!」

ケタケタと下品な笑い声を上げる3人は、流星くんの取り巻きの女の子達だった。

「今日も流星にプレゼントもらったんですよねぇ?良かったですねぇ〜?」

「ほんと、特別扱いされて勘違いしちゃって、頭幸せですね〜」

「別に勘違いとかしてないよ……」 

「またまたぁ、女の子に冷たい流星から自分だけ優しくされてるって思ってるんじゃないですかぁ?」

「痛〜い!」

「だから……あぁもう、何でもいいから道開けてくれますか」

「え〜寂しいこと言わないでくださいよぉ。私達からもプレゼントがあるんですからぁ!」

その言葉が耳に入ると同時に、顔面に水飛沫が掛かった。アルコールの匂いもする。どうやらシャンパンを顔に掛けられたようだ。

「きゃははは!お誕生日おめでとうございま〜す!」

「お似合いですよぉ!」

彼女たちは逃げるように去っていった。

私はしばらくその場に立ち尽くしていた。ぽたりぽたりと髪の毛の先から雫が地面に落ちる。この服結構気に入ってたんだけどな……。そんなことをぼんやり考えていると、頭がくらくらしてきた。さっきのシャンパンのせいだ。アルコールにめっぽう弱い私には効果てきめんだったわけだ。私は近くのベンチで休むことにした。

紙袋をベンチに置き、ドサリと座り込む。幸いプレゼントは濡れていなかったようで安心する。

座ったはいいもののまだ頭が重く、気分も悪くなってきたため、膝を抱えるように前屈みになった。その姿勢で暫く休んでいると

「……田川先輩!?」

流星くんの声がした。

のろのろと顔を上げると、驚いた顔の彼がこちらに駆け寄ってくるのが見えた。

「りゅーせーくん……なんでいるの?亅

「……っと、いや、そんなことよりどうしたんスかそれ……」

彼はそう言いながらハンカチで私の髪や顔を拭ってくれた。

「いやちょっと……手荒い祝福を受けまして」

「……あいつらスか」

「……んーと」

「誤魔化さないでください。……っとに何考えてるんだ……!今度ちゃんと怒りますから」

「んにゃ……いいよ別に……りゅーせーくん人気者だね」

「迷惑です」

「はっきり言うね……」

「……アンタ以外に好かれたところで迷惑でしかない……」

「?なんか言った?」

「……何でもないッス。寮まで送ります。立てます?」

「んむ……まだ無理かも」

「じゃあもう少しここにいましょう」

流星くんは私の隣に腰を下ろした。

それから課題がどうの教授がどうのと他愛もない話をした。

「田川先輩……その、好きな人とか、いるんですか」

「どーしたの急に」

「いや……なんとなく」

「うーん……いる、といえばいる……けど、叶うとは思ってないよ」

「……英さんですか」

「なんだ、知ってるんじゃん」

「見てたら分かります……けど、あの人」

「言わないでよー……分かってるんだから。でも本人から直接聞いたわけじゃないから……」

「ん……まぁ……そうかもしれないですけど」

「あとはねぇ、もう諦めちゃったけど、ずっと忘れられない初恋の人がいるんだ」

「……!それ……!」

「もう10年以上前の話だよ。小学生の頃だもん。しかも会ったの1回きり。なのにラブレターまで書いて、笑っちゃうよねぇ」

「笑わない……!」

急に流星くんが真剣な声色で呟いた。

「りゅーせーくん……?」

「ちゃんと、覚えてるじゃないですか……!」

「え?うぅん、でも、もう顔も忘れちゃったし……名前も知らないし」

「……それ、俺だって言ったら信じてくれる?」

「えへぇ?ないない、だって年上の男の子だったと思うし〜雰囲気全然違うし〜」

「……そっか」

彼は何故か泣きそうな顔をしていた。

「あ、なんかそろそろ大丈夫そう!私帰るね」

「……寮まで送ります。荷物持つんで」

「えっ、申し訳ない」

「いや……」

彼は無言で寮まで送ってくれた。

「じゃあ、俺はこれで……おやすみなさい」

「うん、ありがとう。おやすみなさい」

帰っていく彼の背中はとても小さく見えた。

 

誕生日会の翌週。

私は授業の課題で使う素材の買い出しに来ていた。よく使うその店は歓楽街のすぐ近くにあり、周囲の治安こそ良くないが品揃えが豊富で重宝していた。

買い出しを終え、さっさと帰ろうとしていた私は、遠くに見知った二つの人影を見つけた。それは、幸さんと和さんだった。

ヒュッ、と一瞬息が止まる。なんで、こんな所に二人で。

私は、いけないと分かっていながら二人の後を追ってしまった。

そして見てしまった。二人がラブホテルに入っていく瞬間を。

眼の前が白く濁り始め、私はその場にしゃがみこんだ。うそ、そんな、いや、やっぱり……。

頑なに信じようとしなかった事実を突きつけられ、目に涙が浮かんだ。

 

それから、どうやって帰ってきたのかは分からないが、私は自室の隅で電気も点けずに泣いていた。

何を今更、誰もが知っていたことじゃないかと頭では分かっているが、心が理解を拒絶する。

そんなボロボロの私は、部屋の鍵を締めていないことにすら気付いていなかった。

 

泣き疲れた私はふとスマホを付けた。時刻は24時を回ったところだった。もうこんな時間か……と立ち上がろうとした、その時だった。部屋の扉のドアノブがゆっくりと下がり始めたのを見た。

慌ててドアに駆け寄るも、時すでに遅し。開いた扉の向こうに、3人の男が立っていた。

悲鳴を上げる間もなく、男の一人に口を塞がれる。部屋に侵入してきた男達はドアの鍵を締めると、私をベッドに押し倒した。抵抗しようとするも二人がかりで押さえつけられ、全く体が動かない。すると、もう一人の男が馬乗りになってきた。

必死で顔を背け、ぎゅっと目を閉じる。男の手が耳から頬、首筋を撫でた。意外にも優しい手付きに驚いて目を開けると

「雅、ちゃん……」

「……流星くん……?」

そこにいたのは切なげな表情を浮かべた流星くんその人だった。

「なん、で……」

驚いて彼に問いかけると、彼は無言でそっとキスを落としてきた。

「……ごめん。こんなの間違ってるよな」

彼は私の体から手を離すと、ベッドから降りた。

「もういい……帰る」

「えっ、でも……」

「せっかく……」

二人の男たちは私の拘束は解いたものの困惑している。

「いいから……。田川先輩、怖がらせてごめんなさい」

そう言い残し、流星くん達は部屋から出ていった。急いで扉に鍵をかけ、その場にへたり込む。

その日はベッドで寝る気にならず、床で一夜を明かした。

 

次の日から私は半月程引きこもり生活を送った。

授業の内容はありがたいことに聖ちゃんが教えてくれたため困らなかった。また、課題の制作も引きこもっていたこともあり順調に進み、発表会には出られそうだった。しかし、胸の内のモヤモヤはまだ晴れていなかった。

 

発表会当日。私が制作した衣装は優秀賞を貰い、卒業制作にも期待しているとのお言葉を戴いた。

ふと客席を見ると、幸さんが来ているのが見えた。ズシリと胸が重くなる。しかし、その隣にいる人物を見て呼吸が止まった。そこにいたのは流星くんだった。

 

発表会が終わり、急いで片付けを済ませホールを出ようとする、が

「田川先輩」

流星くんに呼び止められた。

恐る恐る振り返ると、申し訳無さそうな顔をした彼が一人で立っていた。普段は一匹狼のような雰囲気を纏っている彼が、今日は捨てられた子犬のようにしゅんとしている。

「あの、この前は、本当に申し訳ありませんでした……」

小さな声でぽつぽつと謝る流星くん。

「いや、もういいよ……」

じりじりと後退りながら答える。

「田川先輩、この後、時間ありますか……?ちゃんと話したくて……その……」

「ご、ごめんね、用事あるんだ!」

私はその場から逃げ出してしまった。

 

走ってきたはいいものの、行く宛も無かった私は中庭のベンチに座り、呼吸を整えていた。

襲われかけたことは、正直もう、いい。特に酷いことをされたわけでもないし、まぁファーストキスは奪われてしまったけど……。

でも、やっぱりまだ彼の顔を直視できない。怖いというより気まずい。

けど、話って何だろう。それだけは気になっていた。

一人ぼうっと考え込んでいると、近付いてくる足音がひとつ。

「雅、大丈夫?」

幸さんだった。はい、とペットボトルのお茶を手渡してくれる。

「あ……はい。ありがとうございます……」

「隣、いいかい」

「もちろんです」

幸さんは隣に座ると長い脚を組んだ。

「流星となんかあった?」

「う、えぇ……まぁ……」

「ま、本人からだいたいの話は聞いたんだけどね。ちゃんと叱っといたからもう馬鹿なことはしないはずだよ」

「あ……はい……」

「それにあいつ……本気だよ、雅に」

「本気、って」

「ま、本人でもないのに言うのは野暮だからね。多くは語らないけど。でも、一回ちゃんと話してみてもいいんじゃない」

「そう……ですよね」

「ん、まだ顔が晴れないね。他にも何か悩んでる?」

「……」

「僕には言えないこと?」

「……幸さん、って……和さんとお付き合い、されてるんですか」

「ん?うん。付き合ってるよ」

「その……女性同士、とか、気にならなかったんですか」

「んー、僕は全然。和は少し気にしてたけど、本気で好きだって伝えたら、オッケーしてくれた」

「幸さんは、和さんのこと……」

「愛してるよ」

「そっか……そっかー!」

私は大きく伸びをした。

「幸さん……私、幸さんのこと好きだったんです。いや、今でもかな。でも、その言葉を聞いて諦めがつきました。幸せになってください」

「雅……うん、ありがとう。好きになってくれたことも。幸せになるよ」

「はい!……私、流星くんの話、ちゃんと聞いてきます。相談に乗ってくれてありがとうございました」

「それがいいよ。また何かあったら話してよ。相談には乗れるからさ」

私は大きく頷くとその場を後にした。

 

私は部屋に荷物を置くと、流星くんを探しに出た。

しかし、彼がどの授業を取っているかなど知る由もない私は校舎内をうろうろするだけだった。

彼と同学年の学生に聞いてみるも、誰も知らないようだった。

ダメかぁ、と校舎内のイスに座っていると、1番見つかりたくない人たちに見つかってしまった。

「あっ、いたいた〜」

「田川先輩〜流星のこと探してるらしいじゃないですかぁ」

「急に何なんですかぁ?あからさまに狙いだしてぇ」

例の取り巻き3人組だ。

「狙ってるとかじゃなくて、単に話がしたいだけだよ」

「話?怪し〜」

「要は抜け駆けでしょ?良くないですよ先輩〜」

3人が距離を詰めてくる。

「この際ハッキリ言いますけど、アンタ目障りなんですよ。ちょっと流星に気に入られてるからってデカイ顔しないでくれます?」

「いや気に入られてはないって」

「は?カマトトぶらないでくれません?マジウザいんですけど」

「さっさと流星の前から消えてくださいよ」

完全に囲まれお手上げ状態になっていると、そこへ

「消えるのはお前らだよ」

横から聞き慣れた声がした。

「えっ……流星」

「なんでいるの」

3人があたふたし始める。

「田川先輩が俺のこと探してるっていうから……お前らも見つかるとは思わなかったけど」

「ね、ねぇ流星?なんでこの人にそんな構うわけ?ウチらのが可愛いじゃん?」

「黙れ」

流星くんは取り巻きの言葉を一蹴した。

「俺は田川先輩に用があんだよ。さっさとどっか行け、二度と関わるな」

彼は冷たく言い放つとつかつかとこちらに歩み寄り、私の手を取った。

「行きましょう」

そして私は手を引かれるまま彼について行った。

 

連れて来られたのは彼の部屋だった。

「すいません、落ち着いて話せるとこ、ここしか思い付かなくて……何もしないんで、その、とりあえず座ってください」

彼に促され腰を下ろす。彼は私の前に座ると、深々と頭を下げた。

「この前はいきなり襲うような真似して、怖がらせて本当にすみませんでした」

「ううん……それはもういいよ。何も被害受けてないし……」

「……ごめんなさい、焦ってたんです。田川先輩もうすぐ卒業しちまうって思って……また、遠くに行っちゃうって……そんで友達に相談したら強引にでも行けって……あいつら酔ってたから……」

「そうだったん……ん、待って……また?」

「前に話してた、その、初恋の……人、あれ本当に俺なんです」

「えっ……いやいや、前も言ったけど年とか雰囲気とか違うし……」

「……これ見ても信じてくれませんか」

彼はそう言うと1枚の紙を取り出した。

それはだいぶ古いもので端が黄色みがかっていた、が確かに見覚えがあった。

「それ……!私が書いた……!」

それは、10年以上前に初恋の人に宛てて書いたラブレター、そのものだった。手紙の右下には『田川雅より』とご丁寧に名前まで書いている。

「なんで流星くんが持って……!?」

「俺宛だからに決まってるでしょ」

「えっ、えぇ?」

「あの時いた子供は俺と田川先輩だけでしたからね、人違いじゃないですよ」

「ほ、本当に……?でも、年上のお兄さんに見えたけど……」

「俺背ぇ伸びるの早かったスから、まぁ無理はないかと」

「でも雰囲気全然違うし……」

「男子三日会わざれば、っていうでしょ。10年も経てば変わりますよ。むしろ田川先輩が変わってないというか」

「え、私のこと覚えてたの」

「……当たり前ッスよ、一目惚れだったんだから」

「……ふぇ?」

「あの時楽しそうに馬に乗ってる姿見て、好きになったんですよ……それで手紙まで貰って舞い上がって、次会ったら話しかけようと思ってたのにいなくなってて……すげぇ寂しかった」

「流星くん……じゃあ、ここで再会できたのってすごい奇跡なんじゃ」

「いや?俺が追いかけてきました」

「はい?」

「田川先輩、1年の時に賞取ったじゃないですか。あれが載ってる雑誌たまたま読んで。名前も雰囲気も同じだったからこの人だ!って分かって、同じ大学受けたんス」

「お、おぉ……」

「入学前にこっそり誕生日会に潜り込んだりして」

「そういえば私が2年の時から来てくれてたね……!?」

「本当に鈍いっていうか、ぼんやりしてるっていうか……」

流星くんが呆れたように、でも優しく微笑む。

「分かってくれました?俺、田川先輩……雅ちゃんのこと、ずっと好きなんです」

「う、うん……ちゃんと、理解しました……でも、なんで早く言ってくれなかったの?」

「だって、気付いてほしかったから……」

流星くんは口を尖らせた。その仕草が可愛らしくて笑みを浮かべる。

「何笑ってんの」

「ううん……可愛くて」

「嬉しくない……」

ますます拗ねる流星くんがやっぱり可愛くて、笑ってしまう。

それを見た彼も一緒に笑い出した。

しばし笑いあった後、彼が真剣な目をして言った。

「あの、改めて……好きです。俺と付き合ってくれませんか」

「……ごめんなさい」

「……え」

彼はぽかんとしている。そりゃそうだろう。この流れで振られると思う方がおかしい。

「あの、私、今失恋したばっかりで、正しい判断ができる状態じゃないんです。そんな時に付き合うなんて、流星くんに失礼だから……。それに、今の流星くんのことよく知らないから……もっと仲良くなってからがいいな、って……あ、待たせようってわけじゃないんです。全然、他の人にいってもらってもいいから……」

「……」

流星くんは私の言葉を静かに聞いてくれた。

そして話し終わると、私の目を見て言った。

「分かった。じゃあ……今の俺のこと、好きになってもらえるように頑張る」

「流星くん……」

「正直失恋につけ込みたいけど、我慢します」

「正直だね」

私が笑うと、彼も困ったように笑った。

 

それから、流星くんとは度々話すようになった。前までのぶっきらぼうな雰囲気はどこへやら、常にニコニコしておりまるで別人のようだった。

そんな様子を見ていたまなちゃんや聖ちゃんからは

「みやちゃん先輩、最近境っちと仲いいですね〜、付き合っちゃう感じ?」

「最近の境くんにならみやちゃん託してもいいわ」

等とからかわれた。けれど、全く悪い気はしなかった。

しかしながら、今は絶賛卒業制作の作業中。それどころではなかった。

「聖ちゃんいいから手ぇ動かそ」

「それはそう」

普通に修羅場だった。

そんな修羅場にも流星くんは差し入れを持ってきてくれたりと優しく見守ってくれていた。

そして忙しい毎日は私から失恋の痛みを取り去ってくれた。

 

そして卒業制作の発表当日。私は朝から準備でバタバタしていた。だから、衣装に忍び寄る3人の姿に気付くことができなかった。

バシャン!

大きな音がした。何かあったのかと様子を見に行くと、そこには真っ青な顔をした取り巻き3人組とペンキで真っ赤に染まった流星くんの姿があった。

「いい加減にしろ!」

彼の怒声が空気を震わせた。

その声にどんどん人が集まってくる。3人組は半泣きで体を震わせている。

「流星くん!」

慌てて彼に駆け寄る。

「だ、大丈夫……じゃないね、とりあえず洗おう……」

「それより衣装は!?」

「えっ……」

私は言われるがまま衣装を確認した。幸い被害は全く無かった……流星くんが守ってくれたおかげだ。

「だ、大丈夫」

「良かった……」

彼は安堵の溜息をついた。そして3人組に向き直ると、憤怒の形相を浮かべて吼えた。

「テメェら!どんだけ人に迷惑かけりゃ気が済むんだよ!衣装ダメになったら洒落になんねえことくらい分かんだろ!雅ちゃんがテメェらに何かしたか?あぁ?俺に文句があんなら直接言えやゴラァ!」

3人組は完全に泣き出してしまった。そしてそのまま駆けつけた教員に連れられて退場した。

「流星くん……ありがとう。それと、ごめんなさい……私のせいで」

「いや、むしろ俺のせいだから。迷惑かけてごめん。着替えてくるから……準備、頑張って」

彼はそう言い残し去って行ってしまった。

残された私達は床を掃除し、発表会の準備を進めた。

 

発表会はつつがなく終わった。最後に挨拶のために壇上に立つと、幸さんと和さんの姿が見えた。けれど以前のような胸のざわめきはなく、穏やかな気持ちで二人を見ることができた。

しかし、流星くんの姿がない。私は少し寂しさを覚えながら降壇した。

 

衣装などの片付けを終え講堂を後にしようとした時、

雅ちゃん

流星くんの声がした。

「あっ……!流星くん!大丈夫だった?」

「はい……あの後、先生達から事情聞かれてて。発表会間に合わなくてごめんなさい」

「ううん……本当にありがとう……衣装を守ってくれて」

「ん、当然です……好きな人の大事なもの守るなんて」

「流星くん……ねぇ、この後時間ある?」

「え、はい……」

「その……部屋、来ますか」

「……いいんですか」

「うん……ちゃんと話したくて」

「じゃあ、行きます」

私は彼とともに自室へ戻った。

 

「改めて、今日はありがとうございました」

私は深々と頭を下げた。

「いや、元はと言えば俺のせいなんで……気にしないでください」

「優しいね」

雅ちゃんだからだよ」

彼がふわりと微笑む。

「あ、ピアス……」

「着けてるよ、すごく気に入ってる」

「……ありがとう」

しばらくの沈黙。ややあって私は口を開いた。

「……それで、なんですけど、その……お付き合い、させていただけないかと」

「それは……」

「勘違いしないでほしい。今日のことがあったからじゃなくて、その前から、発表会が終わったら言おうと思ってたの」

「……失恋からは立ち直れたんだ?」

「うん、もうサッパリ。それに、ちゃんと分かったからね。今の流星くんのこと……不器用だけどとっても優しい人だって」

雅ちゃん……」

「私も流星くんが好きです」

彼の目を見て告げると、彼はふにゃりと破顔した。

「俺も雅ちゃんが好き」

彼は私の手を引くと、腕の中に私の体を収めた。

「ずっとこうしたかった」 

彼の胸に当たった耳に、トクトクと早い鼓動の音が届く。

雅ちゃん

「……なぁに」

「キスしたい」

私は彼から体を離すと目を閉じた。しばらくの後、唇に柔らかい感触。

「……あの時は無理やりしてごめん」

「……ファーストキスだったのに」

おどけて言うと、彼は困ったように笑った。

「俺もだよ」

「……はい?」

「え、だから俺も初めてだったって……なんなら女の子抱きしめたのもこれが初めてだし……」

「嘘つけ〜、その顔とナリでそれは無理がある」

「本当だって……!雅ちゃんこそ可愛いんだから初めてじゃないだろ」

「それが……残念ながら」

「ふっ……はは、そっか、それは嬉しい」

流星くんは再び軽いキスを落とすと言った。

「じゃあ俺が雅ちゃんの初めて、全部貰うね」

「え」

「そういうつもりで部屋に上げたんじゃないの?」

「や、ちが、待って」

「俺、もう待てないんだけど」

切なげな表情を浮かべる流星くんの前に、私は敗北した。

 

「……と、いうわけで流星くんと付き合うことになりまして」

「そっかそっか、まぁ、雅が幸せになってくれて良かったよ」

「幸さんの言葉が無かったら流星くんとちゃんと話すこともなかったと思います……だから、幸さんのおかげです」

「僕は何もしてないよ、全部雅が自分で切り開いたんだ。頑張ったね」

「……ありがとうございます。あ、そろそろ時間なので行きますね」

「デートかい?」

「あ、その……えへへ」

「奇遇だね、僕もこれから和とデートなんだ」 

「お互い楽しんできましょうね」

「ああ、じゃあね」

去って行く幸さんを見送る。彼女とは良好な友人関係を続けられている。彼女を好きだった時間を無駄だったと思うことはない。それも全て、今の私を形作っているのだから。

さて、私もそろそろ行こうか。今日は水族館に行く予定だ。

私は慣れないヒールで小さく一歩を踏み出した。