花忍本店

小説を載せます

ねぇクリスくん、せめて自分の分だけは出してくれないかな

『良い子のみんな〜!こ〜んに〜ちは〜!』

こんにちはー!と元気な子供達の声が響く。

「「こんにちはー!」」

勿論紗音と凪音の声も。

『今日はマッスルパワー☆プリキュアのステージに遊びに来てくれてありがとう!小さいお友達も、大きなお友達もみんな楽しんでいってね〜!』

ステージ上のお姉さんはそう言うと見事なサイドチェストを決めた。パンパンの上腕二頭筋とミニスカートから伸びる逞しい太腿が太陽光を浴びてキラキラ光っている。

「「「わー!!!」」」

子供達も歓声を上げながらサイドチェストを真似ている。勿論双子も。

そして……

「お姉さ〜ん!キレてるキレてる〜!肩にメロンパン乗っけてんのか〜い!」

何故かコータローのテンションも上がっている。

「おいコータローやめろ。恥ずかしいから」

「え〜、クリスくん分かってないなぁ。こういうのは楽しんだモン勝ちだよ?他のおっきいお友達もやってるじゃん」

「一緒にされたくねぇんだよ……!」

「そうですよ猪狩。我々は紗音ちゃんと凪音ちゃんの保護者であって、大きいお友達ではありません」

横からマキオの援護射撃が飛んできた。いいぞ、もっとやれ。

しかし。

「え……マキオお姉様はプリキュアを見たくないのですか?」

急にこちらを振り向いた紗音が悲しそうに言った。

「……っ」

ぐっと黙り込むマキオ。

「……辻堂さん。我々も大きいお友達です。みんなでプリキュアショーを楽しまなければなりません」

パッと笑顔になる紗音。

俺は大きな溜息をついた。

 

今日はGWの真っ只中。俺は弟夫婦から一日だけ双子を預かってほしいと頼まれ、丁度双子が好きなプリキュアのショーをやるということで郊外のショッピングモールに来ていた。そして何故コータローとマキオがいるのかと言えば……

「クリスおじさま……私、久しぶりにマキオお姉様にお会いしたいです」

「ねーねー、コータロちゃんは来ないの?」

双子たっての希望、もといワガママからだった。しかし二人共予定がないからと快く集まってくれた(マキオには最初酒を飲む予定があると断られかけたが紗音の名前を出した途端快諾してくれた、少し腑に落ちない)。

そして昼過ぎの今、俺達は屋外ステージでプリキュアの登場を待っている……という訳だ。

ステージ前に並べられた椅子には子供達とその保護者が座り満席状態。俺達は椅子のすぐ後ろに立ってステージを見ている(俺ら大人は後ろの子たちのためにしゃがんでいるが)。

「紗音、凪音、見辛くねぇか?」

「大丈夫だよ〜、私達同世代の子よりは背高いし」

「もっと小さい子とそのご家族に席は譲らなければなりませんから!」

何とも出来た子達だ。

「うぇ〜、クリスくん足痺れてきた〜。あ゛〜いでででで」

コータローとは大違いだ。

「情けないですよコータロー!日頃の鍛錬が足りないのではなくて?」

「そうですよ、いい大人がギャーギャー騒がないでください」

紗音とマキオに冷たくあしらわれ凹んでいるコータロー。

そうこうしているうちに、舞台上に黒い全身タイツを着たずんぐりむっくりのショッカーみたいな奴らが4人現れた。

『ブーヒッヒッヒ!今日はここにいる子供達を肥満児にしてやるデブ〜!』

4人が声を合わせてブタタタタッと笑う。どうやらプリキュアの敵らしい。にしても何て設定だ。

『たいへ〜ん!ヒマーンが現れたわ!このままじゃみんなが肥満児にされちゃう!』

ムキムキお姉さんがわざとらしく声を上げる。あいつらヒマーンっていうのか……。

『まずはそこにいるお姉さんからぶよぶよの肥満体型にしてやるデブ〜!』

ヒマーン達がお姉さんにジリジリと詰め寄る。

『キャー!助けて!マッスルパワー☆プリキュア〜!』

お姉さんが叫んだ瞬間、シャラララランとSEが鳴りプリキュアのテーマソングと思しき曲が流れだした。子供達がわっと歓声を上げる。

『やめなさいヒマーン!みんなの筋肉は私達が守る!』

アニメ声の台詞が流れ、ヒマーンの一人が吹き飛ぶ。いよいよ主役の登場か……と思いきや、そこに現れたのはプリキュアではなかった。

「オラ!どけやお前ら!」

「おうおうおう騒ぐなよ〜!」

「死にたくなきゃ大人しくしてな!お嬢ちゃんたち!」

ステージ上から怒声を上げているのは、目出し帽に迷彩服を着た3人の男達。そしてそれぞれの手には拳銃が握られている。

途端、騒然とする一同。一斉に立ち上がり逃げ出そうとする、が。

パァン!

一発の銃声が鳴り響いた。

一瞬にしてその場が凍りつく。ステージを見ると、男の一人の拳銃から煙が上がっていた。その銃口の先には、血を流して倒れているヒマーン。

広場が悲鳴で埋め尽くされた。

そこへもう一度銃声。今度は空に向けて撃ったようだ。その場が水を打ったように静まり返る。

「ほらほら、こうなりたくなきゃ大人しく言うことを聞きな!ガキどもに金目の物持たせて全員ステージに来い!大人はその場から動くなよ!俺達は店内に爆弾も仕掛けてるからなぁ!下手な動きしたら全員纏めてドカンだぜぇ!」

男たちが拳銃をこちらに向けて威圧してくる。

さて、どうするか……。

「……ねぇクリスくん」

猪狩がぼそりと呟く。

「ああ」

「そうですね」

俺の返事にマキオも呼応する。

「あの銃偽物だね」

「あの銃偽物だな」

「あの銃偽物ですね」

3人の声が揃った。

「そうと分かりゃあ、あいつら鎮圧すんのは簡単だが……」

「外に仲間がいる可能性は否めません」

「うーん、どうにかしてここから脱出できればなぁ……」

俺達がコソコソ話している間にも、子供達は続々とステージに集められていく。

「俺らが少し騒いで、その隙にコータローが逃げるとかどうだ?」

「え、僕?まぁ何とかやるけどさ」

「ねぇ、私も行きたい!」

凪音が唐突に声を上げた。

「ええっ、凪音ちゃん!?危ないかもしれないんだよ!?」 

「そうだ、外にも奴らの仲間がいるかもしれないし……」

「だいじょーぶだよ、邪魔にはならないから、ね?」

「そうです!凪音なら大丈夫です!」

紗音が太鼓判を押す。

「コータロー……任せていいか?」

「よし、コータローお兄さんがバッチリ守るからね!」

「じゃあ俺達が一芝居打つか……紗音、マキオ、頼むぜ」

「仕方ありませんね」

「全身全霊で努めます!」

ボソボソと相談していると、やはりその姿が目に付いたのか男の一人がこちらに歩いてきた。

「おい、何話してやがる。さっさとガキをこっちに寄越せ」

そう言いながら銃口を俺に向けてくる。近くで見るとかなり粗雑なオモチャだ。よし……

「やめろ!うちの娘に手を出すな!」

「そうよ!うちのまさこちゃんには指一本触れさせないわ!」

「うわ〜〜〜ん、パパぁ、ママぁ、怖いよ〜!」

俺達迫真の演技である。いや誰だよまさこって。

「うるせぇ!さっさとしろ!」

男は怒鳴るばかりで発砲する気配はない。俺は男に向かって殴り掛かるフリをした。男は案の定俺の顔面にカウンターを決めてきた。いや、決めさせてやったと言うべきか。俺は大袈裟に倒れ、気絶したフリをした。

「あなた!あ、あぁ、お願いですからこの子の命だけは……」

マキオは泣きながらまさこ……もとい紗音を男に差し出した、ようだ。

「パパ〜!ママ〜!」

紗音の声が遠ざかっていく。作戦通り事は進んだようだ。後は頼むぜ……コータロー、凪音。

 

クリスくん達が騒ぎを起こしている隙に、僕と凪音ちゃんはこっそりと建物内に戻ってきた。店内の人々は屋外ステージでの騒動に気付いていないようだった。まぁショーの一環と思われても仕方ないか。

それにしても……

「クリスくんもマキオちゃんも……演技下手過ぎでしょ」

「紗音が一番上手だったね」

「あれでよく騙されてくれたよね」

「ね〜」

僕らは顔を見合わせてクスクス笑った。

いかんいかん、こんな話をしてる場合じゃない。

「さてと……まず何からしていいものか」

「お店の人に知らせる?」

「いや、内密に動いた方が良さそうかな……。下手に騒ぎを大きくして野次馬が集まったらクリスくん達が動きにくくなる可能性がある。それに、店員に内通者がいないとも限らないし……」

「なるほどね……じゃあまずは警察に通報するのがいいのかな」

「そうだね」

僕はスマホを取り出し、警察に通報した。後でイジられんのヤダから匿名にしたけど、どうせ電話番号でバレるんだろうなぁ……。

「おっけー、これでバッチリ」

「あと、爆弾があるとか言ってたけど、あれ……」

「まぁ、ハッタリだろうね」

「だよねぇ」

「そもそもこのだだっ広いショッピングモール全部爆破するなんて相当な量の爆薬がいる……あんなオモチャの拳銃使ってるような奴らが用意できるとは思えない。屋外ステージだけ爆破したところで意味がないし、奴らが巻き込まれるだけだ」

「それに、爆発の混乱で逃げにくくなる可能性もあるしねぇ」

「さすが凪音ちゃん。だから、そっちは心配しなくていいだろうね」

「うん、でも内通者は確実にいるよね」

「うーん、でも、人数は少ないんじゃないかな……何せやってることがコスいからね、内通者がいっぱいいるならもっと大掛かりな事を仕掛けてると思う」

「確かに……じゃあ内通者の仕事は犯人が逃げる手伝いをするくらいなのかな」

「だとしたら、この近くで様子を見ているはず……」

僕らは辺りを見回す。

「あ!コータロちゃんあの人!」

凪音ちゃんが僕の袖を引っ張る。彼女が指差した先には、柱の陰から屋外ステージを見つめる男性店員の姿があった。

「怪しいね……よし、行ってみよっか」

僕らは男性店員の元に歩み寄った。明らかに外で何が起きているか分かってるはずなのに傍観してるだけ、やはり怪しい。

「あの〜、すみません」

僕は笑顔を浮かべて彼に話しかける。男はびくりと肩を震わせてこちらを振り返った。

「おもちゃ売り場ってどこですかね〜?」

「えっ、おもちゃ売り場、ですか?ええっと……」

明らかに動揺している男。

「店員さん、名札反対だよ?」

「えっ」

凪音ちゃんの言葉に反応して男が名札に目をやる。僕はその隙を見逃さず、男に迫ると右腕を取り背中に回して自由を奪った。

「いでっ……!」

「静かにしてね。君、外の奴らの仲間だよね?ちょっとお話聞きたいなぁ」

「わ、分かった……話す、話すから腕いでででで」

僕は拘束をすこしだけ緩めてやった。すると男は聞いてもないのにベラベラと話し始めた。

どうも奴らは大型窃盗団の一味であること、そしてこの男もその一人であること。

プリキュアショーを装ってショッピングモールに話を持ちかけたこと。

屋外ステージの人達から金品を奪った後は第2通用口から逃げる計画であること。

店内の内通者は自分一人であること。

「つまり、ステージにいた全員グルってことかぁ」

クリスくんとマキオちゃん二人であの人数……まぁイケなくはないか。にしても、手の込んだ事してる割にリターン少なすぎない?

「と、ともかく話したんだからもう解放してくれ!計画は中止して今すぐトンズラするから!」

「そうは問屋が卸さないよ〜。君にはまだしてもらうことがあるからね」

「な、何だよ……」

「放送室に案内してもらおうかな」

とりあえず状況をクリスくん達に伝えないとね。

「だけど、そのまま言ったら奴らにも分かっちゃうし、どうしたもんかなぁ」

「あ、それなら私に任せてよ〜」

凪音ちゃんが楽しそうに言う。

「お、何か策があるんだね?」

「うん、マキオさんなら気付いてくれるはずだよ」

「よし、じゃあ凪音ちゃんにお任せだ!」

僕らは男に案内させ放送室に向かった。

 

「あなた!しっかりして!あなたー」

マキオはまだ迫真の演技を続けてくれている。

俺は目を閉じたまま、考えを巡らせていた。

コータローたちが脱出したから、警察への通報はとうに出来ているはずだ。だからこのまま何もしなくてもいいっちゃいいが、殴られた分やり返さねぇと腹の虫が治まらねぇ。コータローのことだからそんなのを見越して何か手を打ってくれるはずだが、どういう手段で何をしてくれるかが読めない。

そもそも敵は何人いるんだ。拳銃がオモチャであることから、撃たれたヒマーン役の奴はグルだとして、他のヒマーン共もそうなのか。敵の人数によって立ち回りも変わってくるからそこが知りたい。あとは店内の内通者がどれだけいるのか。おそらくやってることの規模からしてそんなにはいないはずだ。こっちはコータローに任せちまっていいかもな。爆弾もどうせハッタリだろうし。

「マキオ、今どうなってる」

俺はマキオに小声で問いかけた。

「犯人たちがステージ上に集めた子供達から金品を回収しています。一人はこちらに銃を向けていて、二人で行っていますね。ヒマーンとお姉さんは隅で震えてます」

「なるほど了解……今突入したらどうなる?」

「おそらくヒマーン達もグルでしょうから、子供達を盾にとられて動けなくなるでしょう」

「だよなぁ……今は機を待つか」

そう言った瞬間、キーーーンと耳をつく音が鳴り響いた。館内放送のようだ。

「とんとん、つーつー、とん、つーつー」

そこから流れてきたのは、なんと凪音の声だった。とんとんつーつー繰り返している。これは……おそらくモールス信号なのだろう。しかし俺には分からねぇ。

「マキオぉ……」

「はいはい……えー、『こっちひとりかくほ、そっちみんなてき、ばくはつしたらごー』ですね」

やはり店内の人数は少なかったか。そしてこちらは全員奴らの仲間と。それが分かっただけでだいぶ動きやすくなった。しかし爆発とは……?爆弾はハッタリのはず……

『ドーーーーーーーン!』

突然放送から爆音が鳴り響いた。俺は跳ね起き辺りを見渡す。しかし爆発音俺の耳に直接は届いていないし煙も見えない。フェイクだ。

しかし奴らの同様を誘うには十分だったようだ。仕掛けてもいねぇ爆弾が爆発したと思ったらそりゃあな。このチャンス、逃すわけには行かない。

「行くぞマキオ!」

「はい、辻堂さん」

俺とマキオはステージに駆け上がると、混乱する男たちの手から拳銃……もといオモチャを叩き落し、地面に組み伏せていった。ヒマーン達も流石に加勢してきたが、一本背負いでノしてやった。

紗音に目をやると、子供達を親御さんの元に誘導していた。流石、出来る子だ。

「マキオ、こっちは片付いた」

「こちらも大丈夫です」

後は警察の到着を待つのみ……と思われたその時。

隅で震えていたムキムキお姉さんがガバっと立ち上がり、ナイフを取り出した。おいおい、アンタもグルだったのかよ……。

「動くな!両手を上げてそこに跪きな!さもないと……こいつの命はないよ!」

そう言うとお姉さんは手近にいた子供を引き寄せた。そしてその子供とは……運が悪いことに紗音だった。紗音の喉元にナイフを突き付けじりじりと後退るお姉さん。いやはや、本当に運が悪ぃな……俺らじゃなく、アンタが。

「……せん」

紗音がぽつりと呟いた。うん?とお姉さんが紗音の方を見た瞬間、

「マップリを冒涜する者は……紗音が許しません!」

紗音の肘鉄がお姉さんの鳩尾にクリーンヒットした。

「ごはぁっ」

思わずよろけるお姉さん。拘束を解かれた紗音はサッと身を翻すとお姉さんに向き直り、そして……

プリキュア!ラブリーパワーフルマックスパーンチ!」

顔面に拳を叩き込んだ。鼻血を出しながら卒倒するお姉さん。おそらく脳震盪を起こしたんだろう。

紗音の元に駆け寄ると、彼女はわっと泣き出してしまった。

「紗音……大丈夫か」

「また……やりすぎてっ……しまいました……っ。怒りに任せて我を忘れるなどっ、師匠に怒られてしまいます……っ」

「大丈夫だ、正当防衛の範囲だよ、多分」

「そうです、大人に人質に取られていたのですから、この程度お咎めなしですよ、多分」

マキオと二人で紗音を慰めていると、ようやく警察が到着した。遅えよ。

今回も運良く顔見知りはいなかったが、こんだけ暴れりゃ署での事情聴取からは逃れられるはずもなく、俺達は最寄りの警察署に向かうことになった。

 

「あ〜、疲れたぁ」

署から出ると開口一番コータローが情けない声を上げた。

「あのオジサン話長いよ、聴取ってするよりされる方がしんどいんだねぇ」

「お前聴取なんかしねぇだろ」

しかし、疲れたのは事実だ。パトカーにはしゃいでいた双子も流石に元気がない。

「紗音、凪音、残念だったな……プリキュア見られなくて」

「はい……でも、悪党を成敗するお手伝いが出来たのはいい経験になりました!」

「そうだねぇ、私もコータロちゃんと捜査ごっこできて楽しかったよ」 

何とも強かな子達だ。

「マキオもせっかく来てくれたのに巻き込んじまってすまなかった」

「そうですね……ビール三杯で手を打ちましょう」

こいつも通常運転だった。

「え、じゃあさ!これからご飯行こうよ!お疲れ様会しよ!僕焼肉食べた〜い!」

「焼肉!いいねいいね!」

「タンパク質補給は大切ですからね!」

焼肉、というワードに双子の目が輝く。

「レモンサワーとタン塩……」

マキオの目も輝く。

かくいう俺もさっきから腹が減って仕方がない。

「っし、パーッと焼肉食いに行くか!コータローの金で」

「えっ、僕の奢りなんて一言も言ってな……」

「「やったー!」」

「……やった」

「ええっ、マキオちゃんまで!?もー……カードの請求大丈夫かなぁ……」

ぶつくさ言っているコータローを尻目に、俺達は意気揚々と歩き出した。