花忍本店

小説を載せます

クリスの休日〜リトルツインスターズといっしょ〜

「クリスおじさま!早く〜」 
「クリスくん、早く早く〜」
紗音と凪音の賑やかな声がシンクロする。揃いのリュックを背負い、色違いのワンピースを纏った彼女たちの目はキラキラと輝き、今にも走り出さんとしている。
「おい、走るなよ。俺らから離れるんじゃねえぞー」
「あはは、リトルツインスターズは今日も元気だねぇ」
横にいるコータローがニコニコしながらそう言った。
今日は日曜日。俺たちは郊外のショッピングモールに来ていた。なぜ俺が双子のお守りをしているかというと、今日が弟夫婦の結婚記念日だからである。たまには二人でデートでもしてきたらいいんじゃねえか、と双子を預かることを申し出たのだ。かといって一人で元気な子供二人の相手をするのは骨が折れる。そこで暇そうにしていたコータローを誘い四人で来た、というわけだ。
店内は家族連れを始めとした買い物客でごった返していた。
「クリスおじさま!コータロー!早くしないとプリキュアの映画が始まってしまいます!」
「そうだよ〜、早く行こ」
双子にせっつかれ、俺たちは足早に映画館に向かった。そう、今日のメインはプリキュアの新作映画を観ることだった。と言っても俺がプリキュア本編を観ているわけもなく、今が何プリキュアなのかも分かっていないのだが。
「コータロー、今のプリキュア分かるか?」
「もちろん!今はねぇ、マッスルパワー☆プリキュアだよ。初代プリキュアの肉弾戦がパワーアップして帰ってきたってネットで話題なんだから!ストーリーもスポ根みたいで熱いんだよね〜。クリスくん知らなかったの?」
「いや知らん」
突然熱く語りだしたコータローに短く返す。ってかお前は観てんのかよ。
「私はピンクのキュアパワフルが好きです!」
「私は追加戦士のキュアストレングスが推しだよぉ」
プリキュアの話と聞いて、双子が口を挟んできた。
「おー、そうか、楽しみだなぁ」
そんなことを話しているうちに、映画館に着いた。双子と俺の分のチケットを買う。コータローの分?自分で払えよ。 
「おじさま!ポップコーン食べたい!」
「キャラメルのやつ〜」
チケットを買い終えた俺に双子がまとわりついてくる。
「おーおー、分かった分かった買ってやるよ」
俺はポップコーンと三人分の飲み物を買った。コータローの分?自分で買えよ。
買い物を終えた俺たちはシアターの中に入った。客席は既に半分ほどが埋まっており、小さな子供連れが目立った。中には大きなお友達もちらほら。双子は既に入口で配られた握り拳形のペンライトをピカピカさせている。
リトルツインスターズ〜こっち向いて〜」
コータローがそんな二人を写真に収める。
「なぁコータロー、その写真……」
「分かってるって。後でちゃんと送るよ!」
コータローがバチンとウインクしてきた。ウゼェ。
そして映画が始まった。が、本編を見ていない俺は一瞬で置いていかれた。画面の中では中学生とは思えない筋骨隆々とした少女達が異世界のマッチョな謎生物と親交を深めている。謎だ。子供達には面白いのか?と横を見ると、紗音も凪音も、そしてなぜかコータローも夢中になって観ている。
そして映画は終盤に差し掛かり、プリキュア達が大ピンチを迎えた。
『みんな〜!げんこつライトを振ってプリキュアにパワーを送るマチョ〜!』
マッチョな謎生物がこちらに呼びかけてくる。双子はすかさずライトを点灯すると、
プリキュア〜!がんばれ〜!」
「負けないで〜!」 
と大きな声で応援し始めた。他の子供達も口々にプリキュアがんばえー!とエールを送っている。中には野太い声援も混じっているが。
「うおぉ!プリキュア頑張れぇ!」
コータロー……お前もか。
そうこうしているうちにプリキュアは勝った。エンディングを迎え、プリキュア達がボディビルのポーズをキメながら踊っている。双子はそれを真似して踊っていた。録画できなかったことが悔やまれる。
エンディングも終わり、劇場内が明るくなった。
「楽しかったね、紗音」
プリキュアかっこよかったね、凪音」
「キュアパワフルの自己犠牲の精神、キュアストレングスの覚悟……感動したよ〜」
コータローは鼻をズビズビいわせている。
「ほら、昼飯食いに行くぞ」
俺は三人を引き連れ、ファミレスに向かった。昼時より少し早かったからか、俺たちは待たずに席につくことができた。紗音はハンバーグ、凪音はオムライス、コータローはトンカツ定食、俺はスパゲッティを頼んだ。
「クリスくん、それだけで足りるの?」
不思議そうに俺を見るコータローに、俺は答える。
「……まぁ、見てろ」
俺がスパゲッティを食べ終えた頃、おずおずと双子が口を開いた。
「クリスおじさま、お腹いっぱいです……」
「私も〜」
二人の皿を見ると、まだ半分近く残っている。
「分かった分かった、皿寄越しな」
二人の皿を引き寄せ、残した料理を食う。コータローも合点がいったという顔をしていた。
ニ人前近い料理を完食し、皆で店を出る。満腹になった俺は強い眠気に襲われていた。が、
「クリスおじさま!お洋服見たいです!」
「コータロちゃん、似合うの選んでよ!」
双子は元気に子供服売り場に駆け出していく。
「ふぁあ……こーら、走んなって」
「クリスくん欠伸しないの!待ってよリトルツインスターズ〜」
早足に双子を追いかけるコータローを俺は半開きの目で眺めていた。
子供服売り場に着いた紗音と凪音は、目を輝かせて服を漁り始めた。そして、次から次に俺達のところに持ってきては
「クリスおじさま!似合いますか?」
「コータロちゃ〜ん、これどう?好き?」
と言って見せてくる。
正直どれも同じに見えるが、テキトーに答えては双子を傷付けてしまう。俺は眠気に耐えながら
「おう、可愛いな。袖が可愛い」
「いいんじゃねーか、柄がいいと思うよ」
など、必死に感想を捻り出した。一方コータローはというと、
「最っ高!可愛すぎ!天使!」
「日本中の視線二人占めだよ〜!」
などと大袈裟に褒め称えていた。
しかし双子は気を良くしたのか、更に色々な服を持ち出してきた。
「あー、もう、三着だ!一人三着!ちゃんと選べ!コータローが買ってくれるってよ!」
俺がそう言うと、双子はウンウン言いながら服の取捨を始めた。
「え?僕が払うの?聞いてないよ?」
コータローの言葉は無視する。
そして二人とも三着ずつ服を選び(と言っても同じ服の色違いばかりだが)、コータローに買ってもらっていた。
「コータロー、感謝します」
「ありがとね、コータロちゃん」
ちゃんとお礼が言える、良い子達だ。
そんな良い子達が次に目をつけたのが、玩具売り場だった。
「紗音!マップリの玩具売ってるよ!」
「ほんとだ!パワフルのメリケンサックだ!」
「ストレングスのダンベルもある!」
二人はプリキュアの玩具を見つけてキャッキャとはしゃいでいる。
「おじさまー……」
「クリスくーん……」
ふと見ると、双子が俺をじっと見つめてきた。
「……欲しいのか?」
コクコクと頷く双子。
「……しゃーねぇなぁ」
そもそも子供に玩具とはいえメリケンサックを与えていいのか、とは思うがまぁいいだろう。俺は双子にそれぞれプリキュアの玩具を買い与えた。
「やったぁ!ありがとうクリスおじさま!」
「クリスくんありがとう〜」
まぁ双子が喜んでるからいいだろ。横を見るとコータローがニヤニヤしながら俺を見ていたので軽く小突いておいた。
さて、そろそろ買い物して帰るか、とスーパーに向かっていたところ、途中にゲームセンターがあった。
「あ!プリカツ!」
「ほんとだ!」
双子が立ち止まって声を上げた。視線の先には、女児向けカードゲームの筐体。今は大きなお友達がプレイ中だが。
「ねぇ、クリスおじさま……」 
「一回だけ〜……」
上目遣いでおねだりされ、俺は渋々頷いた。
「一回だけだぞ」
と言い、二人に百円玉を渡す。やったぁ、と双子は背負っていたリュックからカードホルダーを取り出した。持ってきてたのかよ。
大きなお友達が去り、二人はプリカツとやらの筐体の前に座った。百円を投入し、双子は手慣れた様子でボタンを操作し始めた。どうやら二人一緒に遊ぶモードらしい。画面に部屋着姿の女の子が現れた。双子が再び手慣れた様子でカードを読み込ませると、あっという間に色違いの衣装を着た女の子達が画面上に並んだ。
「へぇ〜、最近のカードゲームって凄いんだねぇ」
コータローが感心するように言う。確かに画質や衣装のクオリティは高い。
そして画面が切り替わり、ステージに色違いの衣装を纏った女の子二人が並んだ。コータローがスマホのカメラを構えた。音楽が流れ、画面上に色とりどりのマークが出てきた。双子がそれに合わせて軽快にボタンを押すと、女の子達が滑らかに踊りだした。楽しそうにボタンを叩く双子の動きもシンクロしている。
やがて音楽が止まり、ゲームが終わったようだった。双子が立ち上がり、こちらへやってくる。
「どうでした?クリスおじさま!」
「上手だったでしょ〜」
得意げな顔で俺を見上げる双子。よくわからなかったとも言えず、俺は曖昧に頷いた。
一方コータローは
「いやぁ、二人とも上手だし何よりセンスがいいね!ドレス可愛かったよぉ」
とデレデレしている。
「よし、じゃあ買い物して帰るぞ」
三人に声をかけ、今度こそ俺たちはスーパーに向かった。
買い物と言っても、弟夫婦に頼まれていたのは少しだったのですぐに終わった。そしてレジに向かおうとしたとき、
「あれ、紗音と凪音は?」
双子が消えた。ついでにコータローもいない。
俺は慌てて来た道を戻り探したが、どこにもいない。
まずい、やらかしたと思ったその時、
「え〜っ、可愛い〜」
コータローの甲高い声が聞こえてきた。声のした方へ急ぐと、そこはお菓子売り場だった。その一角で双子とコータローがワイワイ話している。
「探したぞ」
とりあえずコータローの頭にチョップを食らわせ、双子に話しかける。その手には、小さな箱がそれぞれ握られていた。
「あっ、クリスおじさま!」
「どうしたの、そんなに焦って」
そりゃお前らがいなくなったら焦るだろ、と言うより先に、双子が口を開いた。
「見て、マップリのフィギュア!」
「ちゃんとストレングスもいるんだよぉ」
「こっそりコータローに買ってもらおうと思ってたんだけど」
「バレちゃったねぇ」
そう言って双子はクスクス笑った。
「おいコータロー、勝手にいなくなってんじゃねぇ」
「だってだって、リトルツインスターズにお願いされたら断れないよ〜」
まだ涙目のコータローが弱々しく言った。
俺は双子に向き直ると、
「そんなもんいくらでも買ってやるから、勝手にいなくなろうとすんな。心配するだろ、な?」
と諭した。双子はしゅんとしていたが素直にごめんなさい、と言った。
「分かってくれたらいいよ。これ買って行こうな」
すると双子の顔がパッと明るくなった。
「コータロー、次はねえぞ?」
コータローの顔がサッと青くなった。
その後何事もなくお会計を終え、駐車場に向かおうとした、その時。
「キャッ」
凪音の小さな悲鳴が聞こえた。振り返るが、そこに凪音の姿はない。
「凪音!?」
「クリスおじさま!今誰かが凪音の手を引っ張って行っちゃった……!」
紗音が泣きそうな声で言った。
「ゆ、誘拐された……!?」
コータローが呆然と言った。
「紗音、どんな奴だったか覚えてるか!?」
「ううん……男の人の手だったことくらいしか……」
「チッ、手掛かりなしか……」
俺はとても焦っていた。この人混みでは探すのは一苦労だ。それに、家族連れと紛れてしまえば簡単にモールの外に逃げられてしまうだろう。
「クリスおじさま……」
紗音は今にも泣き出しそうな顔をしている。
こうしている間にも、犯人は遠くに離れてしまう。闇雲でも探す他ないと踵を返した、その瞬間。
チカッ、と遠くで何かが光るのが見えた。
続けてチカッ、チカッ。続いて長めに、チカッ……、チカッ……チカッ……。そしてまた、チカッ、チカッ、チカッ。
これは……
「SOS……!」
モールス信号だ。そしてこんなことをするのは
「凪音!」
彼女しかいないはずだ。
「コータロー、…………と、紗音を頼んだ!」
言うやいなや、俺は人混みを掻き分けて光を追いかけ始めた。遠くから、コータローの「任せて!」という声がした。
人の波を縫い、犯人を追う。そしてようやく、プリキュアのライトを手にした凪音と彼女の手を引く男の姿を捉えた。
「待て!」
男の背中に向かって怒鳴りつける。男と凪音が同時に振り返った。
「クリスくん!」
「……チィッ」
男は突然走り出した。人混みを体当たりするように躱しながら駆け抜けていく。俺もその後を必死に追いかけた。男は一番近い出口から外に出て、車に逃げ込むつもりのようだった。阿呆か、ナンバー割れたら終わりじゃねえか。まぁ未だ捕まえられていない俺に言えたことじゃねえが。
ようやくモールの出口が見えてきた。人がまばらになってきたことで男がスピードを上げた。オイ、凪音がコケそうになってるじゃねえか!気をつけろ!
怒りが頂点に達しそうになったその時。男が突然前につんのめって転んだ。つられて転びそうになった凪音は、紗音に抱きかかえられている。
「ふぅ〜、間に合った!」
そこに立っていたのは、息を切らし、片足を前に出したコータローだった。
「よくやった、コータロー」
俺は犯人の行動を見越して、コータローに回り込んでおくよう指示していた。そしてその作戦が見事ハマったということだ。
「クリスくん、ありがとう」
疲れた顔をした凪音が言った。
「凪音、お前の機転のおかげだ」
俺は彼女に歩み寄ると、くしゃりと頭を撫でた。紗音は安心からか涙を流している。
安堵して気を抜いてしまった、次の瞬間だった。
「っ……ヤロウ!」
倒れていた男が突然起き上がり、一番近くにいた紗音に飛び掛かろうとした。
「紗音っ!」
俺が男を取り押さえるより早く……紗音の正拳突きが男の鳩尾にめり込んだ。
「グフゥ」
男はうめき声を上げて倒れ込み、動かなくなった。
「あ、あ……クリスおじさま……これって正当防衛になるのでしょうか……」
わっと紗音が泣き出してしまった。
「大丈夫だよぉ、紗音ちゃん。紗音ちゃんと凪音ちゃんはあくまで被害者だからねぇ」
よしよし、とコータローが二人の頭を撫でる。俺は今度こそ男を取り押さえると、警察を呼んだ。まぁここに二人いるんだが。
その後、やってきた警官(幸いにも知り合いではなかった)に犯人を引き渡し、俺達は帰路についた。紗音も凪音も既に落ち着き、楽しそうに映画の感想を語り合っている。
「コータロー、今日はありがとな。ちょっとバタバタしちまったけど……」
「いやいや、こちらこそリトルツインスターズと遊べて楽しかったよ〜。誘拐されかけたのはビックリしたけど……」
「ほんとにな……あれは焦った。だけどまぁ、凪音の機転と、お前のダッシュと、紗音の正拳突きのおかげだ」
「にしても紗音ちゃん強かったねぇ。凪音ちゃんも賢いねぇ」
「当然です!キュアパワフルになりたくて鍛えてるんだから!」
「前マキオさんにモールス信号教えてもらったから、使ってみたかったの〜」
双子が口々に言う。
「そっかそっか〜偉いねぇ」
コータローは手放しに双子を褒める。
「クリスおじさま、私たち偉いですか!?」
双子がキラキラした瞳で俺を見てくる。
「ああ、偉いよ。自慢の姪っ子たちだ」
俺は迷いなくそう答えた。