花忍本店

小説を載せます

The snake knows what the ill heart thinks.

それは零課に配属される少し前、まだ俺が刑事課にいた頃の話だ。とある大きなサイバー犯罪の特別捜査本部が敷かれることとなり、何故か俺もそこに召集された。しかし犯人の手掛かりも無く、捜査は泥沼にハマッていた。そんな中、事件に動きがあった。別件で聴取していたハッカーが事件への協力を申し出たのだ。

しかし、その協力者が曲者だった。何人もの捜査員が聴取にあたったが全員返り討ちにされ、何も聞き出せずじまいだった。そこで、課内でも若干煙たがられている俺にお鉢が回ってきたのだった。

 

「遅い」

取調室に入った途端、中にいた人物が忌々しげに吐き捨てた。

かなりイラッとしたが、こちらも大人なので怒りを抑えてそいつの正面に座る。

「刑事課の辻堂功利守です。改めてお名前を伺えますか?」

「ミカミ。白村ミカミだよ。何回も聞くな」

あ〜コイツムカつく。煙草吸いてえ。

「この度は捜査へのご協力感謝します。早速ですが……」

「キミ、そんなキャラじゃないだろ」

「は?」

「だから、そんな敬語でヘラヘラしてるキャラじゃないだろーって。もっとなんか、コイツムカつく、ブン殴ってやろうかーみたいな顔してるよ」

「さすがに女殴る趣味はねーよ」

「あ、素を出したな!」

「……」

や、やりづれえ……。しかし、このままでは前の奴らの二の舞だ。気を取り直して俺は口を開く。

「……白村さん」

「ミカミでいい」

「じゃあミカミ。今回の事件について知ってることを話してくれ。」

「どうしよっかな〜」

「……」

やっぱりぶん殴ってやろうかな。自分でも額に青筋が浮かんでいるのが分かった。ミカミはそんな俺を面白そうに眺めている。俺は我慢の限界を迎えた。

「……一本、いいか」

俺はポケットから煙草を取り出した。

「おや、取調室は禁煙じゃないのかい?」

「知るか。テメェのせいだ」

俺はミカミの了承を得る前に火を点けた。

「アッハッハ。面白いね、気に入ったよクリスくん」

ミカミは悪戯っぽい笑みを浮かべて言った。

「特別に教えてあげようじゃないか……ズバリ、今回の犯人はミカミの知り合いだよ」

「……え?」

「手口で分かった。ミカミは彼を知ってる。彼の考え方まで、全部」

「知ってるって……なんでだよ?」

「今はそれより、彼の居場所と次のターゲットを探る方が重要だろう。キミ、PC貸してくれ」

言われるがままに差し出す。ミカミは猛烈な勢いでキーボードを叩き始めた。

「ウーム……今までの犯行から、彼の居場所はだいたいこの辺りだと推測できるな」

ミカミがPCの画面を見せてくる。そこには都内の地図に赤い丸が描かれていた。

「どうしてそんなことが分かるんだ?」

「彼は慎重派であり、自分の目を何よりも頼りにしているからね。ターゲットを観察し、反応が見える場所にいるはずだ」

「……へぇ」

「そして彼は金銭に執着するタイプではないから、タワマンとかの高級住宅や一軒家に住んでいるとは考えにくい。だが合理性と利便性を重視する性格だから、コンビニの近くに住んでいる可能性が高いな。ここまで言えば、君たち無能な警察でも特定に時間は掛からないんじゃないかな」

「いちいちムカつくなお前……だがありがてぇ」

「そして次のターゲットだが……」

ミカミはまたカタカタと小気味良い音を立ててキーボードを叩いた。

「今までは企業ばかり狙っていた。だが、次はもっと大きな機関を狙うんじゃないかと思っている……例えば、国家機関とかね」

「国家……!?」

俺はポケット灰皿に煙草を押し込みミカミに詰め寄った。

「ああ。今までの件は企業のデータ収集も勿論目的にあっただろうが、彼にとっては予行練習に過ぎなかったのではないかと思うのだよ。見てごらん」

ミカミは俺にPCの画面を突きつけた。

「これまで被害を受けた企業だが、どこも政府や官庁と取引や繋がりがあるだろう?」

「本当だ……」

「彼の本当の狙いは、国家機関へのハッキングだ。ミカミの見立てだと……厚労省、かな」

「……!それは……大変なことになるぞ……」

「だろうね」

とんでもないことを口にしておきながら、ミカミは飄々としている。

「そして次の犯行だが……実行日はおそらく遠くない。今までも犯行の間隔は一週間と空いていないことを考えると……おそらく三日以内には事を起こすだろうな」

「そんなにすぐ……」

「ああ。どうする?クリスくん」

「……すぐに本部に知らせてくる」

俺はミカミを残し取調室を後にした。

 

ミカミから聞いた内容を上司に報告すると、最初は皆半信半疑といった様子だった。犯罪者の言うことを信じるのか、真犯人とグルではないのか、という声もあった。しかし、今はこれしか情報がないことや、ミカミの証言に一定の信憑性が認められたことで、本部は動き出した。が、俺は捜査からハブられ、引き続きミカミのお守り……もとい見張りを押し付けられたのだった。

 

気怠げに取調室の扉を開く。ミカミはPCとにらめっこしていた。

「やあ、おかえり」

「おう……何してんだお前」

「いやなに、キミのソリティアの記録を破ってやろうとしてたんだが……クソッ、また手詰まりだ!キミ、どんだけやり込んでるんだい!」

「あー、一時期仕事してるフリしてひたすらやってたわ」

「畜生!ミカミは一色じゃないとクリアできないのに!」

腕利きのハッカーソリティアは苦手なようだった。

俺は煙草に火を点けると、ミカミに語りかけた。

「捜査本部が動き出した。お前の証言を全面的に信用してな」

「当然のことだね」

「なあミカミ」

「何だい、ミカミの頭脳に恐れおののいたかい」

「この犯人、お前の友達じゃねーの?」

「……ただの知り合いだが?」

「にしては行動とか、心理にやけに詳しいっつーか、相手のこと分かりすぎっつーかさ」

「……」黙り込むミカミ。

「まあ言いたくねえなら別に……」

「……ミカミはねぇ、この人にハッキングを教わったんだよ」

唐突な告白。思わずミカミの顔を見る。

「本当に1から100までこの人に教わった。楽しかったよ、ブラック企業の実態をTwitterに流したり、汚職政治家の所業を世間に暴露したり」

「んなことしてたのか」

「ああ、ミカミ達が正義だと信じて疑ってなかった。でも、そうじゃなかった」

ミカミの瞳が翳る。

「あの人はだんだんおかしくなっていった。優良企業のありもしないデマを流したり、地方自治体のサイトを乗っ取ろうとしたり、詐欺まがいのことまでし始めた……俺たちが正しい、俺たちがこの国を変えてやるんだなんて口癖みたいに言ってさ。さすがのミカミもついていけなくなって、彼から離れた。ほとんど喧嘩別れみたいなもんだったけど」

「ミカミ……」

「あの人を売るようなことして、後悔がないわけじゃない。でも、嫌だったんだよ。楽しかった頃の思い出を汚されたみたいでさ……だからこれはミカミのワガママ。善行でも正義でもなんでもない、ただのワガママなんだよ」

「そうか……でも、お前のおかげで救われる奴は沢山いるはずだぜ、例えば今日こそ帰れるかもしれない俺とか」

「フフ、なんだいそれ」

ミカミは泣きながら笑った。

 

その後、ミカミの協力の甲斐あって一人の男が逮捕された。概ね犯行を認めているとのことだ。やはり真の狙いは国家機関、それもミカミの見立て通り厚労省のハッキング及びデータ流出とそれに伴う国家への信用失墜だったそうだ。

そして犯人逮捕に貢献したとしてミカミは釈放されることになった。

「実はここに来ることになったアレ、わざとなんだよね」

警察署の廊下を歩きながら、ミカミが唐突に呟いた。

「……今なら、お前が尻尾を出すようなヤツじゃないって分かるわ」

「イヒ、ありがと。本当ならもっと早く動くつもりだったんだけど、キミたちが無能だから時間かかっちゃったじゃん」

「お前はいちいち嫌味言わねえと気が済まないのか」

「気が済まないね。でもまぁ、君のおかげで事件は解決したし、ミカミも晴れて自由の身だし、なかなか見どころあるじゃないかキミ」

「そりゃどーも」 

「君とミカミ、なかなかいいコンビになれそうじゃないか、どうだいミカミと一緒に正義のハッカー二人組にならないか?」

「死んでも御免だ」

「あはっ、ミカミもだよ!」

玄関に到着する。

「頼むからもう来んな」

「イヒヒ、約束はできないなぁ……でもとりあえず、バイバイ!クリスくん!」

ミカミはブンブンと手を振りながら警察署を後にした。

……ああ、煙草が吸いたい。

 

初期メンで回転寿司に行ったヨ

『オジサンへ♡
 今度の日曜日、筆ちゃんとナナちゃんと回転寿司に行くんだけど、オジサンも来ない?小島さんはお仕事だって。:゚(;´∩`;)゚:。いいお返事待ってるヨ♡』
スマホの画面に映し出された文字列を見て、俺は頭を抱えた。嬢ちゃんからのLINEだ。考えるより先に指が動いた。
『その日は予定がある』
ピロン、と間髪入れず通知音が鳴る。
『無いヨ、女の勘が言ってる』
……俺は特大の溜息をついた。

日曜日、俺は某回転寿司チェーンの店舗の前に来てしまった。これから寿司を食うというのに気分は重い。胃までキリキリしてきた。
「あっ、オジサーン!遅いヨー!」
三人は既に到着していた。
「悪い……待たせた」
「本当だヨ!レディーを待たせるなんて!」
「いいえー、私も今着いたところですよ」
「あぁ……どうも、くず……さん」
三者三様の出迎えを受け、胃の痛みが増してくる。
「ヨシ、行こうか!」
嬢ちゃんは意気揚々と店の戸を開いた。

俺達は店の奥のボックスに通された。伏見先生が手際よくお茶を淹れてくれる。
「おっ寿司♪おっ寿司♪何食べよっかナ〜♪」
嬢ちゃんは早速注文用のタブレットをひとり占めしている。
「すみません……お先に頂いててもいいですか?じゅるり……」
伏見先生は既に流れてくる寿司に目を奪われている。
「私のお寿司は全部サビ抜きでお願いします」
先生は相変わらずマイペースだ。
俺はレーンを眺める。まずはヒラメかな。流れてきたヒラメを手に取る。
「あっ、ヒラメですか?いいですね!私も〜」
伏見先生はそう言うと後続のヒラメを根こそぎさらうとテーブルに並べた。目にも留まらぬ速さだった。
「……いいんですか?色んなの食わなくて」
「え?一皿ずつじゃ物足りないじゃないですか」
伏見先生に俺たちの常識は通用しないんだった。
「あっ!オジサン!サーモン!サーモン!」
唐突に嬢ちゃんが大声を上げた。レーンを見るとサーモンが列を成して流れてきていた。
「わぁったよ、騒ぐな」
俺は嬢ちゃんにサーモンを一皿取ってやった。残りのサーモンは全て伏見先生に刈り取られた。俺らの下流に座ってる客が心底可哀想だ。
「楊さん、〆鯖をください」
「筆ちゃん了解ヨ〜♪送信送信っと」
嬢ちゃんはようやくタブレットから顔を上げ、サーモンに手を付けた。
「んん〜、サーモン美味しいネ〜」
「そうだね〜、とろっとしてて最高〜」
既に一人皿を積み上げている伏見先生がレーンに目を光らせながら答えた。
次は何を食おうか考えていると、ガーッとレーンが動き、嬢ちゃんが注文した品々が届いた……のだが。
「わーい、ラーメンラーメン!」
「……いきなりラーメンかよ」
「わかってないナ、オジサン。お寿司屋さんのラーメンって美味しいんだヨ」
「そういうことじゃない」
「あ、ラーメン美味しそう!うどんもいいなぁ〜。楊ちゃん、どっちもお願い、2杯ずつ」
「2杯!?寿司入らなく……はならないんですね」
「当たり前じゃないですか」
もう伏見先生のことは放っておこうと思った。
「ハイ、筆ちゃんの〆鯖だヨ〜」
「ありがとうございます」
先生がやっと一皿目を食べ始めた。
「嬢ちゃん、甘エビとマグロ頼む」
「はいはいヨー!筆ちゃんとナナちゃんは何か頼む〜?」
「ツブ貝をお願いします」
「えっと〜、イカを5皿と〜、トロを5皿と〜、あとハマチ5皿!」
「ナナちゃんごめん、一度に頼めるの10皿までなのヨ……」
「あらら、けち……じゃあとりあえずイカ5皿で!」
ケチとかいう問題ではない気がする。
茶のおかわりを注ぎながら、頼んだものを待つ。その間も伏見先生は流れてきたイカオクラと穴子を根こそぎ平らげていた。 
ガガガとレーンが動く音がしたので立ち上がる。ズラリと並んだイカが壮観だ。そして何故かそこにはポテトがいた。
「あっ、ポテト届いた〜?」
どうやら犯人は嬢ちゃんのようだった。
「寿司屋でポテト食うのか?」
「わかってないナ、オジサン。お寿司屋さんのポテトって美味しいんだヨ」
さっきも聞いたような台詞。俺は黙って嬢ちゃんの前にポテトを置いた。
「皆も食べていいからネ!」
「わーい、遠慮なく!」
伏見先生は遠慮した方がいいと思う。
ふと先生の方を見ると、まだ一皿目の〆鯖を食っていた。いや知ってたけどマイペースだな!
俺は届いた甘エビを食べながらレーンを眺めた。すると、いいのが流れてきた。ヒラマサだ。
俺はヒラマサを2皿レーンから取った(残りは伏見先生が一掃した)。
「オジサン、それなぁに?」
「ん?ヒラマサだよ」
「ヒラマサ?誰?」
「人の名前じゃねぇよ。白身魚だ。コリコリしてて美味いぞ」
「へぇ〜!美味しそう!注文しヨ!」
「あ、楊さん……私にもヒラマサを」
「ラジャー!」
ようやく〆鯖を食べ終えた先生がリクエストした。意図せずヒラマサ布教おじさんになってしまった。
再びレーンの動く音。そこには丼が4杯並んでいた。
「あ、うどんとラーメンだ!」
伏見先生はルンルンしながら丼をレーンから下ろした。そしてズゾゾゾゾゾと勢いよく啜り始めた。相変わらずの食べっぷりである。そしてその間にもレーンに目を光らせ、高速で皿を自分の前に並べていく。
「ナナちゃんのトロとハマチ頼んでおくネ〜」
「もふぁふぁズソゾ」
「あと何食べよっかナ〜、あ、タピオカ苺ミルクだって!カワイ〜!頼んじゃお」
「もごごズゾゾゾ」
「あ、ナナちゃんもタピオカ飲む?ミルクティーネ、了解ヨ〜」
いやよく解読できたな!?伏見先生も咀嚼音で返事すんな!?
「楊さん、炙り〆鯖をください」
ようやく3皿目を食べ終えた先生が口を開いた。この調子だと満腹になるのに何時間掛かるんだろうか。
その後も伏見先生は変わらぬペースで皿を積み重ね続け、嬢ちゃんはタピオカと自撮りしながらポテトをつまみ、先生はゆったり黙々と食事を続けた。
「ふぅ〜、結構食べたネ〜」
「そうだね〜」
皿の壁の向こうから伏見先生の声がする。最早顔は見えない。いや一人だけレベルが違いすぎるだろ!
「私もだんだん満腹です」
先生はマイペースの割に皿数は結構いっている。
「よーし、じゃあデザートタイムだヨ〜!」
「わーい!!!!!!!!!!!」
伏見先生が今日イチの歓声をあげた。先生も無言で拍手している。
「皆でデザートコンプリート目指すヨ!」
「任せて!」
「微力ですが……頑張ります」
三人はキリッとした表情で頷きあった。
「オジサンも協力してよネ!」
「いや、俺は甘いモンはそんなに……」
「つべこべ言わない!」
怒られた。理不尽だ。
俺は仕方なくわらび餅を頼んだ。伏見先生は流れてくるケーキ類を片っ端から取り始めた、2皿ずつ。嬢ちゃんと先生は種類の多いアイス類から攻めるようだ。
「うぅ〜ん、お寿司の後のアイスは格別ヨ〜」
「モリモリモリモリモリモリモリモリ」
「シャク……」
「あっ、今キーンて!頭キーンてしたヨ……」
「モリモリモリモリモリモリモリモリ」
「ペロ……」
「ウーン、連続アイスは厳しそうだネ……」
「モモモモモモモモモモモモモモモモ」
「え、私に任せて?さっすがナナちゃん!」
「チョコ……」
あ〜〜〜相変わらずうるせぇ!!!先生は静かすぎるけど!静かに食えよ!あと伏見先生の咀嚼音は何だ!それで会話できてんのは本当に何なんだ!
「オジサ〜ン、わらび餅食べたんなら手伝ってヨ〜」
嬢ちゃんが上目遣いで見つめてくる。皿の壁の向こうからも心做しか視線を感じる。先生からは睨まれてる気がするがきっと上目遣いのつもりなのだろう。
「はぁ……」
俺は仕方なく大学芋を注文した。その間も女性陣はアイスと戦い続けていた。そして……
「ヤッタ〜!デザートコンプしたヨ〜!」
半分以上伏見先生の胃の中に収まった気はするが、何はともあれ全種類のデザートを食い尽くした。
「いや〜、やりきったネ!」
「うん、凄い達成感!」
「嬉しいですね……」
凄まじい疲労を感じている俺とは裏腹に、三人は晴れやかな顔をしている。
「よし、じゃあお会計……」
「何言ってるノ、オジサン!お楽しみはこれからでしょうが!」
嬢ちゃんに怒られた。
「お楽しみって……」
「びっくらポンに決まってるでショ!」
「あー……、あの皿入れてくじ引くあれか。何か欲しいモンあるのか?」
「特に無いヨ?でも当たり引いたら嬉しいじゃん!ホラ、オジサンお皿入れて!」
やれやれ。俺は言われるがままに皿を投入口に放り込んだ。
結果はハズレ。
「ハズレかぁ〜、でもナナちゃんの分いっぱい回せるネ!」
確かに。数えるのも億劫なほど皿はある。
「ハイッ、オジサン!どんどん入れる!」
嬢ちゃんに急かされるがままに俺は皿を入れ続けた。2回目、3回目もハズレだったが4回目でようやく
「あっ、これアタリだヨ〜!」
アタリを引いたようだ。嬢ちゃんは小躍りして喜んでいる。ガコッと頭上から音がしてカプセルが転がり出てきた。
「何カナ何カナ〜♪」
意気揚々とカプセルを開ける嬢ちゃん。中から出てきたのは、玉虫色の逆立ちしたカエルのフィギュアだった。
「なんこれ」
流石の嬢ちゃんも怪訝な顔をしている。伏見先生ときっと俺も同じような表情をしていただろう。しかし、先生だけは目を輝かせて玉虫色のカエルを見つめている。
「可愛い……」
先生には刺さったようだ。
「……筆ちゃん、いる?」
「いいんですか……!?」
先生はカエルを大事そうに両手で受け取った。
「ありがとうございます……机に飾りますね」
「筆ちゃんが喜んでくれて良かったヨ……」
その後も俺はひたすら皿を投入し続けた。結果、5回アタリを引き、玉虫色の逆立ちしたモグラ、同じくタスマニアデビル、以下略ウォンバットオオサンショウウオチンアナゴのフィギュアを手に入れた。そしてそれらはもれなく先生の手に渡った。
「こんな……素晴らしい物を全部もらってしまっていいのでしょうか……!」
「いいんだヨ、筆ちゃん」
「筆子さんが一番有効活用してくれそうですし!」
「正直いらな……」
「オジサン!シーッ!」
そしてようやくお会計にと席を立った。最初は伏見先生が「私いっぱい食べちゃったので……」と一人で全額払おうとしてくれたが、流石にそれでは申し訳ないと各々食べた分をだいたいで伏見先生に渡した。
「いや〜、食べた食べた!」
「うん、満腹だよ〜」
「私も……大満足です」
「オジサンも楽しかったよネ?」
「んぐっ……あぁ、まぁな……」
「ねぇねぇ、これから皆でカラオケ行かない!?」
「いいねぇ!食後の運動がてら!」
「私……カラオケ初めて行きます……!」
「ほんと!筆ちゃんのカラオケデビューだ!オジサンも勿論来るよネ?」
「いや、俺はこの後用事が……」
「無いヨ、女の勘が言ってる」
チクショウ……いつもそうだ……。
かくして俺はカラオケにも付き合わされる羽目になったのだった。

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一方その頃小島さんは……
エクアドル行きのフライトの真っ最中だった。
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死神さんは胃袋を掴みたい

「おかえりなさい、泉ちゃん。」
むくんだ足からパンプスを引き剥がす私の前に現れたのは、可愛いエプロンを着けた黒髪の美青年。
「今日はロールキャベツだよ〜」
ニコニコして言う彼を無視して私は部屋に入った。部屋中にトマトスープのいい匂いが漂っている。私は肩から重い鞄を下ろすと、ローテーブルの前に腰掛けた。すかさず彼がロールキャベツをよそった器を私の前に置く。
「どうぞ、召し上がれ」
満面の笑みを浮かべて私を見てくる男。しかし私はロールキャベツには手を付けず、コンビニで買ってきたおにぎりを取り出した。
「今日も食べてくれないの?」
男が悲しそうに言う。
「当たり前でしょ、だってそれ食べたら死ぬんだもん」
「ちぇっ、今日もダメだったか」
眼の前の男……死神が悪戯っぽく笑った。

私は小倉泉、現在絶賛就活中の大学四年生だ。だが今のところ内定はゼロ。今日も二社程手応えのない面接を受けて帰ってきた。就活で疲弊した毎日だが、悩みはそれだけではない。
私は死神に取り憑かれているのだ。
その死神というのが、先程私を出迎え、ロールキャベツを作って待っていた美青年である。
初めて彼が私の前に現れたのは一週間前の夜のことだった。その日もお祈りメールを受け取り、追い詰められて泣きながら眠りにつこうとしていた時、不意に眼の前に出現したのである。彼は真っ黒な装束に大きな鎌を携え、音も立てずにそこに立っていた。驚いて跳ね起きると、彼もまた驚いたように口を開いた。
「おや、僕の姿が視えるのかい?困ったなぁ」
彼は全く困っていないように笑った。
「し、死神……?」
「よく分かったね、その通り、僕は死神だよ」
あっけらかんと彼は言ってのけた。
「私、死ぬの?」
「うん、その予定……だったんだけど、本来人間に僕の姿は見えないはずなんだ。それに、誰かに見られていると僕らは鎌を振るえないし……」
うーん、と彼が唸る。
「それじゃあ、私はまだ死なないってこと?」
「まぁ、そうだね」
「そっか……」
思わず残念そうに呟いてしまった。
「……死にたいのかい?」
死神が意外そうに問いかけてきた。
「うん、就活キツイし、将来に何の希望も見出だせなくてさ」
私は開き直ってそう答えた。すると死神は、憐れむような目を私に向けてきた。
「そうか……ねぇ、しばらく僕をここにおいてはくれないか?」
「はい?」
「このまま死んでしまうなんて、君があまりにも可哀想だ。だから、君が黄泉へ逝く日まで、君を側で支えさせてほしい」
「は、はぁ……」
どうせ死ぬのに、そんなことしなくても……とはいえ、まだ死ねないとなると就活は続けなければいけないし、そうなると誰かが側にいてくれるのは、例え死神だとしてもありがたい。
「じゃあ、お願いしようかな……」
そう言うと、死神はニッコリと笑った。
「よし、決まりだ。明日も就活とやらがあるんだろう?今日はもうお休み」
彼は優しく私を寝かしつけると、下手くそな歌を歌い始めた。
「何それ、子守唄のつもり?」
「そうだよ?何かおかしかったかい?」 
彼は不思議そうにしている。
「ううん……何でもない」
私は下手くそな歌を聞きながら、久しぶりに穏やかな気持ちで眠りについた。
その次の日、私はうっかり寝過ごし、朝食も食べずに面接に向かった。勿論面接はボロボロで、半泣きで家に帰った。
「おかえり、お疲れ様」
玄関を開けると、死神が立っていた。しかし、部屋の奥から異様な匂いが漂ってくる。
「ただいま……何この匂い」
「あっ、晩ごはん作ってたんだ!泉ちゃん疲れて帰ってくると思って」
気持ちはありがたいが、漂っているのはどう考えても食べ物の匂いではない。
とりあえずパンプスを脱ぎ、部屋の中に入る。
「……何作ってたの?」
「んー?カレーだよ」
そう言いながら彼は私の前に皿を置いた。そこには、謎の物体が浮かんだ真っ黒な液体。
「これが、カレー……?」
「そうだよ?」
「私が知ってるカレーでは、ない」
「食べてくれは……」
「しない」
バッサリ言うと、死神はションボリしながら皿を片付けた。
「ちゃんとレシピ通り作った上でアレンジしたのになぁ」
そのアレンジが良くなかったんだろう。私はため息をつくと、常備してあったカップ麺を食べた。
更に次の日、その日は就活は無かったものの大学の授業があったので昼前から出掛けていた。
そして帰ってくると
「おかえり、泉ちゃん」
今日も死神が出迎えてくれた。しかし、昨日と違って異様な匂いはせず、むしろ肉の焼けるいい匂いがした。
「今日はね、生姜焼きだよ。あれから僕ちゃんと料理の勉強したんだ」
ルンルンしながら死神が言う。
部屋に入り、ローテーブルの前に座ると、早速死神がご飯を用意してくれた。昨日のカレーもどきと違い、見た目も匂いも美味しそうである。
「さ、食べて食べて」
期待に満ちた目で死神が見てくる。じゃあ……と箸で肉をつまみ上げた時、いつかの授業で聞いたワードが脳裏に浮かんだ。

ヨモツヘグイ。

確か、黄泉の国の食べ物を食べるとこの世に戻れなくなる……とか。私は箸を置いた。
「ねぇ、死神さん……この食材、どこから調達したの?」
そう聞くと、彼は一瞬驚いた顔を見せ、次に悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「そっか、知ってたか……残念」
「やっぱり……!」
「そう、これは黄泉の国の食材で作ったんだ……君をあの世に送るためにね」
「じゃあ、これを食べたら……」
「死ぬよ」
あっさりと死神は答えた。
「泉ちゃん、死にたいんじゃないの?美味しいもの食べて死ねるなら嬉しいんじゃないかと思って」
「それは……でもこれは何か違うっていうか、食べ物につられて死ぬのは悔しいっていうか……」
モゴモゴと答える。
しかし死神には響かなかったようで、彼は明るく言った。
「そっか……じゃあ、明日はもっと美味しそうな料理作るね!」

それ以来、死神は毎晩私をあの世に送ろうと美味しそうな料理を作って誘惑してくるようになった。ある日はふわふわのオムライス、またある日はお肉たっぷりのミートソーススパゲティ、ビーフストロガノフとやらを作ったこともあった。しかし勿論そんな罠にハマるはずもなく、私は毎日コンビニ飯を食べている。
そんな私だが、二日前から殆どご飯が喉を通っていない。というのも今日、本命の企業の最終面接の結果が届くのである。私はドキドキしながら電話が鳴るのを待っていた。
午後2時を回って少しした頃、スマホが震えた。恐る恐る画面を開くと……本命企業からのメール。震える指で開けると『残念ながら』……『お祈り申し上げます』……。
しばらく現実を受けられなかった。だけど少しして、ああ、落ちたのだと、思った。
その後どうやって家に帰ったのかは分からない。だが玄関に着くなり泣き崩れた私を死神が支えてくれた。
「泉ちゃん!?どうしたの!?」
私は彼に本命企業に落ちたことを話した。彼は私の背中を擦りながら優しく話を聞いてくれた。
「死神さん……今日、カレーが食べたい」
「泉ちゃん……?」  
「もう、疲れちゃった。だから、最後はカレーが食べたいの」
「……分かった、作ってあげるね」
そう言うと彼はどこかに出かけていった。私は部屋に入ると、布団を被って泣いた。

「……ちゃん、泉ちゃん。起きて、ご飯できたよ」
死神の声で目が覚めた。泣いているうちにいつの間にか眠ってしまったようだ。起き上がってローテーブルを見ると、美味しそうなカレーが置かれていた。
私はテーブルの前に座り、スプーンを手にした。これを食べたら死んでしまう。そう思うと手が震えた。しかし、私にはもう失うものなどないのだ。ええいままよ、とスプーンでカレーを掬い、口に運ぶ。
「……美味しい」
二口、三口と次々口に運ぶ。久しぶりの温かいご飯に、自然と涙が溢れた。死神は優しい笑顔を浮かべて私を見ている。
私はあっという間にカレーを完食してしまった。
しかし、食べ終えてしばらく経っても体に異変はない。
「ねぇ、死神さん、私何ともないんだけど……いつ死ぬの?」
「泉ちゃん……君はまだ死なないよ」
「えっ?」
「さっきのカレーに、黄泉の国の食材は使っていないんだ。だから、君は死なない」
「そん……な……」
私は愕然とした。うそ、死ねないなんて……。
「どうして!?どうして死なせてくれなかったの!?」
私は死神に掴みかかった。
「あの会社に落ちて、もう私には何の希望もない……生きてても意味無いよ……」
「泉ちゃん、僕は……さっきの君の涙を見て、どうしてかこうせずにはいられなかったんだ……」
「死神さん……?」
「泉ちゃん、生きていても意味がないなんて言わないでくれ。僕はまだ、君のことを見ていたいんだ」
「うっ……う、うわぁぁぁぁぁん」
私は死神の胸で泣きじゃくった。彼は私の背中を優しくポンポンとしてくれた。
「死神さん……私、もうちょっと頑張る……」
「うん」
「頑張って、生きる……」
「うん」 
「ありがとう、死神さん……」
「いいんだよ、泉ちゃん。そうだ、今日は子守唄を歌ってあげようか」
「えぇ、あれ下手だからいいよ……」
「えっ」
私は死神と顔を見合わせて笑った。

それから数日後。死神はあれ以来黄泉の国の食材を使わずにご飯を作ってくれていた。彼が心を込めて作ってくれた料理はどれも美味しかった。そしてそのおかげか、私は遂に内定を得た。有名企業ではないが、やっと貰えた内定に私の心は浮き立っていた。
「死神さん!」
バタバタと家に駆け込むと、慌てた様子で死神が出てきた。
「どうしたの!?」
「内定!貰えたの!やっと!」
「えっ!?おめでとう!泉ちゃん!」
私は死神と抱き合って喜んだ。
「今日はお祝いしないとね!待ってて!」
死神がバチンとウインクして出ていった。
喜び疲れた私はベッドに大の字になると、いつの間にか眠ってしまった。

「泉ちゃーん、起きて〜」
私は死神の声で目を覚ました。むくりと起き上がると、目の前に嬉しそうな死神の顔があった。
「ご飯、準備できたよ」
ローテーブルに目を向けると、そこには色鮮やかなちらし寿司が置かれていた。
「うわぁ……美味しそう!」
「さ、食べて食べて」
死神に促されるままに席につき、ちらし寿司を口に運ぶ。酢飯の爽やかな酸っぱさと色とりどりの具材がよく合っていて美味しい。夢中で食べていると、悪戯っぽい顔の死神が言った。
「実はケーキもあるんだ」 
「ケーキ!?」
私は子供のように目を輝かせていたのだろう。死神がクスクスと笑った。
「大丈夫、ケーキは逃げないよ」
ちらし寿司を食べ終え、ワクワクしながら死神を待つ。
彼が運んできたのは、小さなホールケーキだった。
「これ……」
「うん、実は手作りなんだ」
死神が照れくさそうに笑った。
「そっか、嬉しい……」
死神が不器用な手付きでケーキを切り分けてくれた。
「泉ちゃん、どうぞ」
「ありがとう、いただきます」
ケーキを口に運ぶ。優しい甘さのクリームがふわふわのスポンジによく合う。挟まれたイチゴも新鮮でとても美味しい。
「美味しいよ、死神さん!」
「ほんと?良かった」
死神も嬉しそうにしている。
半分くらい食べたところで、死神が口を開いた。
「ねぇ、泉ちゃん……何か変わったところない?」
「変わったところ?特にな……うっ」
突然、胸が苦しくなった。思わずフォークを落としてしまう。
「なっ……何これ……」
苦しさのあまり床に倒れ込むと、死神が立ち上がり、愉快そうにこちらを見下ろしてきた。
「やっと……食べてくれたなぁ!?」
ヒャヒャヒャヒャと下品な笑い声を上げる死神。
「まさか……ヨモツヘグイ……!?」
「そうだよ、そのケーキには黄泉の国の食材が使われてるんだよ!アハハ、騙された!」
「そんな……死神さん……私に死ぬなって……」
「死ぬな、とは言ってないぜ?ただあんときゃ、絶望した泉ちゃんを死なせても面白くねぇなぁって思っただけさ。やっぱ、幸せそうな人間を死なせてこそだろう?」
またしても品のない笑いをこぼす死神。
「そっか……私、死んじゃうんだね……」
「ああ、泉ちゃんはじきに死ぬ。だけど死ぬ前にいいことを教えてやろう。お前が内定貰った会社、あれブラック企業だぜ」 
「え……」
「だからまぁ、入る前に死ねて良かったんじゃね!?」
私はもう何も言う気力が起きなかった。お父さんとお母さん悲しむかな、友達に何も言えなかったな、なんてぼんやり考えていた。
「泉ちゃん、もうすぐだけど、何か言い残すことあるぅ?聞いといてやるよ」
「あー……」
何を言おうか、少しだけ考えて私は口を開いた。
「死神さん、ご飯美味しかった。ありがとう」
狭まる視界の中で、私は最後まで彼の顔を捉えていた。彼は驚き、涙を流して……そこで私の意識は途切れた。

クリスの休日〜リトルツインスターズといっしょ〜

「クリスおじさま!早く〜」 
「クリスくん、早く早く〜」
紗音と凪音の賑やかな声がシンクロする。揃いのリュックを背負い、色違いのワンピースを纏った彼女たちの目はキラキラと輝き、今にも走り出さんとしている。
「おい、走るなよ。俺らから離れるんじゃねえぞー」
「あはは、リトルツインスターズは今日も元気だねぇ」
横にいるコータローがニコニコしながらそう言った。
今日は日曜日。俺たちは郊外のショッピングモールに来ていた。なぜ俺が双子のお守りをしているかというと、今日が弟夫婦の結婚記念日だからである。たまには二人でデートでもしてきたらいいんじゃねえか、と双子を預かることを申し出たのだ。かといって一人で元気な子供二人の相手をするのは骨が折れる。そこで暇そうにしていたコータローを誘い四人で来た、というわけだ。
店内は家族連れを始めとした買い物客でごった返していた。
「クリスおじさま!コータロー!早くしないとプリキュアの映画が始まってしまいます!」
「そうだよ〜、早く行こ」
双子にせっつかれ、俺たちは足早に映画館に向かった。そう、今日のメインはプリキュアの新作映画を観ることだった。と言っても俺がプリキュア本編を観ているわけもなく、今が何プリキュアなのかも分かっていないのだが。
「コータロー、今のプリキュア分かるか?」
「もちろん!今はねぇ、マッスルパワー☆プリキュアだよ。初代プリキュアの肉弾戦がパワーアップして帰ってきたってネットで話題なんだから!ストーリーもスポ根みたいで熱いんだよね〜。クリスくん知らなかったの?」
「いや知らん」
突然熱く語りだしたコータローに短く返す。ってかお前は観てんのかよ。
「私はピンクのキュアパワフルが好きです!」
「私は追加戦士のキュアストレングスが推しだよぉ」
プリキュアの話と聞いて、双子が口を挟んできた。
「おー、そうか、楽しみだなぁ」
そんなことを話しているうちに、映画館に着いた。双子と俺の分のチケットを買う。コータローの分?自分で払えよ。 
「おじさま!ポップコーン食べたい!」
「キャラメルのやつ〜」
チケットを買い終えた俺に双子がまとわりついてくる。
「おーおー、分かった分かった買ってやるよ」
俺はポップコーンと三人分の飲み物を買った。コータローの分?自分で買えよ。
買い物を終えた俺たちはシアターの中に入った。客席は既に半分ほどが埋まっており、小さな子供連れが目立った。中には大きなお友達もちらほら。双子は既に入口で配られた握り拳形のペンライトをピカピカさせている。
リトルツインスターズ〜こっち向いて〜」
コータローがそんな二人を写真に収める。
「なぁコータロー、その写真……」
「分かってるって。後でちゃんと送るよ!」
コータローがバチンとウインクしてきた。ウゼェ。
そして映画が始まった。が、本編を見ていない俺は一瞬で置いていかれた。画面の中では中学生とは思えない筋骨隆々とした少女達が異世界のマッチョな謎生物と親交を深めている。謎だ。子供達には面白いのか?と横を見ると、紗音も凪音も、そしてなぜかコータローも夢中になって観ている。
そして映画は終盤に差し掛かり、プリキュア達が大ピンチを迎えた。
『みんな〜!げんこつライトを振ってプリキュアにパワーを送るマチョ〜!』
マッチョな謎生物がこちらに呼びかけてくる。双子はすかさずライトを点灯すると、
プリキュア〜!がんばれ〜!」
「負けないで〜!」 
と大きな声で応援し始めた。他の子供達も口々にプリキュアがんばえー!とエールを送っている。中には野太い声援も混じっているが。
「うおぉ!プリキュア頑張れぇ!」
コータロー……お前もか。
そうこうしているうちにプリキュアは勝った。エンディングを迎え、プリキュア達がボディビルのポーズをキメながら踊っている。双子はそれを真似して踊っていた。録画できなかったことが悔やまれる。
エンディングも終わり、劇場内が明るくなった。
「楽しかったね、紗音」
プリキュアかっこよかったね、凪音」
「キュアパワフルの自己犠牲の精神、キュアストレングスの覚悟……感動したよ〜」
コータローは鼻をズビズビいわせている。
「ほら、昼飯食いに行くぞ」
俺は三人を引き連れ、ファミレスに向かった。昼時より少し早かったからか、俺たちは待たずに席につくことができた。紗音はハンバーグ、凪音はオムライス、コータローはトンカツ定食、俺はスパゲッティを頼んだ。
「クリスくん、それだけで足りるの?」
不思議そうに俺を見るコータローに、俺は答える。
「……まぁ、見てろ」
俺がスパゲッティを食べ終えた頃、おずおずと双子が口を開いた。
「クリスおじさま、お腹いっぱいです……」
「私も〜」
二人の皿を見ると、まだ半分近く残っている。
「分かった分かった、皿寄越しな」
二人の皿を引き寄せ、残した料理を食う。コータローも合点がいったという顔をしていた。
ニ人前近い料理を完食し、皆で店を出る。満腹になった俺は強い眠気に襲われていた。が、
「クリスおじさま!お洋服見たいです!」
「コータロちゃん、似合うの選んでよ!」
双子は元気に子供服売り場に駆け出していく。
「ふぁあ……こーら、走んなって」
「クリスくん欠伸しないの!待ってよリトルツインスターズ〜」
早足に双子を追いかけるコータローを俺は半開きの目で眺めていた。
子供服売り場に着いた紗音と凪音は、目を輝かせて服を漁り始めた。そして、次から次に俺達のところに持ってきては
「クリスおじさま!似合いますか?」
「コータロちゃ〜ん、これどう?好き?」
と言って見せてくる。
正直どれも同じに見えるが、テキトーに答えては双子を傷付けてしまう。俺は眠気に耐えながら
「おう、可愛いな。袖が可愛い」
「いいんじゃねーか、柄がいいと思うよ」
など、必死に感想を捻り出した。一方コータローはというと、
「最っ高!可愛すぎ!天使!」
「日本中の視線二人占めだよ〜!」
などと大袈裟に褒め称えていた。
しかし双子は気を良くしたのか、更に色々な服を持ち出してきた。
「あー、もう、三着だ!一人三着!ちゃんと選べ!コータローが買ってくれるってよ!」
俺がそう言うと、双子はウンウン言いながら服の取捨を始めた。
「え?僕が払うの?聞いてないよ?」
コータローの言葉は無視する。
そして二人とも三着ずつ服を選び(と言っても同じ服の色違いばかりだが)、コータローに買ってもらっていた。
「コータロー、感謝します」
「ありがとね、コータロちゃん」
ちゃんとお礼が言える、良い子達だ。
そんな良い子達が次に目をつけたのが、玩具売り場だった。
「紗音!マップリの玩具売ってるよ!」
「ほんとだ!パワフルのメリケンサックだ!」
「ストレングスのダンベルもある!」
二人はプリキュアの玩具を見つけてキャッキャとはしゃいでいる。
「おじさまー……」
「クリスくーん……」
ふと見ると、双子が俺をじっと見つめてきた。
「……欲しいのか?」
コクコクと頷く双子。
「……しゃーねぇなぁ」
そもそも子供に玩具とはいえメリケンサックを与えていいのか、とは思うがまぁいいだろう。俺は双子にそれぞれプリキュアの玩具を買い与えた。
「やったぁ!ありがとうクリスおじさま!」
「クリスくんありがとう〜」
まぁ双子が喜んでるからいいだろ。横を見るとコータローがニヤニヤしながら俺を見ていたので軽く小突いておいた。
さて、そろそろ買い物して帰るか、とスーパーに向かっていたところ、途中にゲームセンターがあった。
「あ!プリカツ!」
「ほんとだ!」
双子が立ち止まって声を上げた。視線の先には、女児向けカードゲームの筐体。今は大きなお友達がプレイ中だが。
「ねぇ、クリスおじさま……」 
「一回だけ〜……」
上目遣いでおねだりされ、俺は渋々頷いた。
「一回だけだぞ」
と言い、二人に百円玉を渡す。やったぁ、と双子は背負っていたリュックからカードホルダーを取り出した。持ってきてたのかよ。
大きなお友達が去り、二人はプリカツとやらの筐体の前に座った。百円を投入し、双子は手慣れた様子でボタンを操作し始めた。どうやら二人一緒に遊ぶモードらしい。画面に部屋着姿の女の子が現れた。双子が再び手慣れた様子でカードを読み込ませると、あっという間に色違いの衣装を着た女の子達が画面上に並んだ。
「へぇ〜、最近のカードゲームって凄いんだねぇ」
コータローが感心するように言う。確かに画質や衣装のクオリティは高い。
そして画面が切り替わり、ステージに色違いの衣装を纏った女の子二人が並んだ。コータローがスマホのカメラを構えた。音楽が流れ、画面上に色とりどりのマークが出てきた。双子がそれに合わせて軽快にボタンを押すと、女の子達が滑らかに踊りだした。楽しそうにボタンを叩く双子の動きもシンクロしている。
やがて音楽が止まり、ゲームが終わったようだった。双子が立ち上がり、こちらへやってくる。
「どうでした?クリスおじさま!」
「上手だったでしょ〜」
得意げな顔で俺を見上げる双子。よくわからなかったとも言えず、俺は曖昧に頷いた。
一方コータローは
「いやぁ、二人とも上手だし何よりセンスがいいね!ドレス可愛かったよぉ」
とデレデレしている。
「よし、じゃあ買い物して帰るぞ」
三人に声をかけ、今度こそ俺たちはスーパーに向かった。
買い物と言っても、弟夫婦に頼まれていたのは少しだったのですぐに終わった。そしてレジに向かおうとしたとき、
「あれ、紗音と凪音は?」
双子が消えた。ついでにコータローもいない。
俺は慌てて来た道を戻り探したが、どこにもいない。
まずい、やらかしたと思ったその時、
「え〜っ、可愛い〜」
コータローの甲高い声が聞こえてきた。声のした方へ急ぐと、そこはお菓子売り場だった。その一角で双子とコータローがワイワイ話している。
「探したぞ」
とりあえずコータローの頭にチョップを食らわせ、双子に話しかける。その手には、小さな箱がそれぞれ握られていた。
「あっ、クリスおじさま!」
「どうしたの、そんなに焦って」
そりゃお前らがいなくなったら焦るだろ、と言うより先に、双子が口を開いた。
「見て、マップリのフィギュア!」
「ちゃんとストレングスもいるんだよぉ」
「こっそりコータローに買ってもらおうと思ってたんだけど」
「バレちゃったねぇ」
そう言って双子はクスクス笑った。
「おいコータロー、勝手にいなくなってんじゃねぇ」
「だってだって、リトルツインスターズにお願いされたら断れないよ〜」
まだ涙目のコータローが弱々しく言った。
俺は双子に向き直ると、
「そんなもんいくらでも買ってやるから、勝手にいなくなろうとすんな。心配するだろ、な?」
と諭した。双子はしゅんとしていたが素直にごめんなさい、と言った。
「分かってくれたらいいよ。これ買って行こうな」
すると双子の顔がパッと明るくなった。
「コータロー、次はねえぞ?」
コータローの顔がサッと青くなった。
その後何事もなくお会計を終え、駐車場に向かおうとした、その時。
「キャッ」
凪音の小さな悲鳴が聞こえた。振り返るが、そこに凪音の姿はない。
「凪音!?」
「クリスおじさま!今誰かが凪音の手を引っ張って行っちゃった……!」
紗音が泣きそうな声で言った。
「ゆ、誘拐された……!?」
コータローが呆然と言った。
「紗音、どんな奴だったか覚えてるか!?」
「ううん……男の人の手だったことくらいしか……」
「チッ、手掛かりなしか……」
俺はとても焦っていた。この人混みでは探すのは一苦労だ。それに、家族連れと紛れてしまえば簡単にモールの外に逃げられてしまうだろう。
「クリスおじさま……」
紗音は今にも泣き出しそうな顔をしている。
こうしている間にも、犯人は遠くに離れてしまう。闇雲でも探す他ないと踵を返した、その瞬間。
チカッ、と遠くで何かが光るのが見えた。
続けてチカッ、チカッ。続いて長めに、チカッ……、チカッ……チカッ……。そしてまた、チカッ、チカッ、チカッ。
これは……
「SOS……!」
モールス信号だ。そしてこんなことをするのは
「凪音!」
彼女しかいないはずだ。
「コータロー、…………と、紗音を頼んだ!」
言うやいなや、俺は人混みを掻き分けて光を追いかけ始めた。遠くから、コータローの「任せて!」という声がした。
人の波を縫い、犯人を追う。そしてようやく、プリキュアのライトを手にした凪音と彼女の手を引く男の姿を捉えた。
「待て!」
男の背中に向かって怒鳴りつける。男と凪音が同時に振り返った。
「クリスくん!」
「……チィッ」
男は突然走り出した。人混みを体当たりするように躱しながら駆け抜けていく。俺もその後を必死に追いかけた。男は一番近い出口から外に出て、車に逃げ込むつもりのようだった。阿呆か、ナンバー割れたら終わりじゃねえか。まぁ未だ捕まえられていない俺に言えたことじゃねえが。
ようやくモールの出口が見えてきた。人がまばらになってきたことで男がスピードを上げた。オイ、凪音がコケそうになってるじゃねえか!気をつけろ!
怒りが頂点に達しそうになったその時。男が突然前につんのめって転んだ。つられて転びそうになった凪音は、紗音に抱きかかえられている。
「ふぅ〜、間に合った!」
そこに立っていたのは、息を切らし、片足を前に出したコータローだった。
「よくやった、コータロー」
俺は犯人の行動を見越して、コータローに回り込んでおくよう指示していた。そしてその作戦が見事ハマったということだ。
「クリスくん、ありがとう」
疲れた顔をした凪音が言った。
「凪音、お前の機転のおかげだ」
俺は彼女に歩み寄ると、くしゃりと頭を撫でた。紗音は安心からか涙を流している。
安堵して気を抜いてしまった、次の瞬間だった。
「っ……ヤロウ!」
倒れていた男が突然起き上がり、一番近くにいた紗音に飛び掛かろうとした。
「紗音っ!」
俺が男を取り押さえるより早く……紗音の正拳突きが男の鳩尾にめり込んだ。
「グフゥ」
男はうめき声を上げて倒れ込み、動かなくなった。
「あ、あ……クリスおじさま……これって正当防衛になるのでしょうか……」
わっと紗音が泣き出してしまった。
「大丈夫だよぉ、紗音ちゃん。紗音ちゃんと凪音ちゃんはあくまで被害者だからねぇ」
よしよし、とコータローが二人の頭を撫でる。俺は今度こそ男を取り押さえると、警察を呼んだ。まぁここに二人いるんだが。
その後、やってきた警官(幸いにも知り合いではなかった)に犯人を引き渡し、俺達は帰路についた。紗音も凪音も既に落ち着き、楽しそうに映画の感想を語り合っている。
「コータロー、今日はありがとな。ちょっとバタバタしちまったけど……」
「いやいや、こちらこそリトルツインスターズと遊べて楽しかったよ〜。誘拐されかけたのはビックリしたけど……」
「ほんとにな……あれは焦った。だけどまぁ、凪音の機転と、お前のダッシュと、紗音の正拳突きのおかげだ」
「にしても紗音ちゃん強かったねぇ。凪音ちゃんも賢いねぇ」
「当然です!キュアパワフルになりたくて鍛えてるんだから!」
「前マキオさんにモールス信号教えてもらったから、使ってみたかったの〜」
双子が口々に言う。
「そっかそっか〜偉いねぇ」
コータローは手放しに双子を褒める。
「クリスおじさま、私たち偉いですか!?」
双子がキラキラした瞳で俺を見てくる。
「ああ、偉いよ。自慢の姪っ子たちだ」
俺は迷いなくそう答えた。

クリスとマキオと猪狩が寿司屋に行く話

「んじゃ、二徹お疲れさん」
俺たちは生ビールのジョッキをカチン、とぶつけた。
俺はマキオと二人で回転寿司に来ていた。面倒くせぇ案件を二日間徹夜で片付けたご褒美みたいなもんだ。津田沼サンと小髙サンも誘ったが、やんわりと断られてしまったため、二人である。
「せっかくだからコータローも誘っていいか?あいつも最近根詰めてたみてぇだから」
「いいですよ」
マキオが注文用のタブレットをいじりながら答えた。先程のジョッキは既に空になっている。
「あ、俺にマグロの赤身くれ」
「了解です」
マキオは手早く注文を終えると静かに茶を飲みだした。
ピロン、と俺のスマホが鳴った。コータローからだ。
『今寿司屋の最寄り駅にいるの』
メリーさんかよ。つーか早えな。俺ははよ来い、とだけ返した。
「あ、お寿司来ますよ」
マキオが言うやいなや、ガーッとレーンが動き、寿司を運んできた。俺はマキオの分の皿もレーンから下ろした。
「ありがとうございます」
彼女は甘えびとマグロの竜田揚げを頼んでいた。
「いきなり揚げモンか」
「いいでしょう、別に。お酒に合うんですよ」
マキオは涼しい顔で答えた。
まぁ、何食おうが自由か。俺はマグロに箸を伸ばす。うん、うめぇ。疲れた体にタンパク質か沁みるようだ。次は何を食おうかと考えていると、
「呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃじゃーん!真打ち登場!猪狩だよぉ〜」
「うるせぇ」
「うるさいですよ猪狩」
「もー、そんな寂しいこと言わないでよぉ」
俺たちからの冷たいツッコミにもめげず、コータローは俺の隣に座った。
「二人共飲んでるね?じゃあ僕も〜!あ、これ美味しそう!」
コータローが選んだのは苺の果実がたっぷりのったチューハイだった。
「女子か」
「えー、いいじゃん美味しそうなんだからぁ。あ、あとポテト〜」
居酒屋じゃねぇんだぞ。寿司食えよ、寿司。
「あとね〜、えびアボカドと〜、だし巻き卵〜」
だから居酒屋かって。
「クリスくんとマキオちゃんは何かいる?」
「マグロくれ」
イカ
「はいはーい、送信っと」
その直後、店員がマキオの生ビールを運んできた。しかも二杯。
「わっ、マキオちゃん飛ばしてんねぇ!」
「普通ですよ」
竜田揚げを箸でつまみながらマキオが答えた。
「クリスくんは何食べてたの?」
「マグロ」
「えっ、じゃあまたマグロ〜?好きだねぇ」
「いいだろ、別に」
「違うのも食べなよ〜、納豆巻きとか」
「なんでよりによって納豆巻きなんだよ」
アホみてえなやりとりをしているうちに、コータローの苺チューハイと寿司たちが届いた。
「わーい、可愛い〜」
コータローはチューハイをパシャパシャ撮っている。
「そんなに写真撮ってどうすんだ、インスタにでも上げんのか?」
「あ、僕インスタやってないよ?みんなのラインに送るね!」
「いらねぇよ」
「えーっ、つれないなぁ!」
俺たちがヤイヤイ言っているのを横目にマキオは二杯目のビールを飲み干していた。
「あ、ポテト食べていいからね!」
「あ、ああ……もらうわ」
「ありがたく」
寿司屋のポテトか……と思いながら一本口に運ぶと、意外にもカリカリで美味い。
「意外とうめぇなコレ」
「でっしょ〜」
何故かコータローがドヤ顔している。
「次何食べようかなぁ」
コータローがタブレットをいじりだす。
「コータロー、マグ……」
「ハイハイ、マグロね〜、またマグロ」
「何食おうが俺の勝手だろ」
「だってつまんないんだもん」
「なんでお前に楽しさを提供してやらなきゃなんねぇんだ」
「猪狩、生二つ」
「えっ、また二杯頼むの!?」
「飲みたいんですよ」
「はいはーい……まったくこの人たちは……」
おい、この飲兵衛と一緒にすんな。
「何食べよっかな〜、あ、ラーメン美味しそう!ラーメンラーメン!」
「お前こそ寿司食ってねぇじゃねぇか」
「何食べようが僕の勝手でしょ〜」
くっそコイツ……。ぶん殴りたい衝動に駆られたが流石に外なのでぐっと堪える。
「はい送信完了〜!あっ、クリスくん!そのチョコレートケーキ!流れてるやつ!取って!」
「は?ケーキ?」
「いいから早くぅ!」
仕方なく俺はチョコレートケーキを取ってやる。
「まさか今食うのか?」
「え?そうだけど?」
「これからラーメン食うんだよな?」
「うん、だから?」
こいつは話が通じないんだなと思った。まぁ、こいつが何食おうが俺には関係ないんだったわ。
程なくして寿司が届いた。俺は嬉しそうにチョコレートケーキを頬張るコータローと、顔色一つ変えずにビールを飲み続けるマキオを見ながら3皿目のマグロを食った。
「コータロー、次……」
「ハイハイマグロねー」
「いや、サーモン」
「サーモン!?えっ!?マグロ星人のクリスくんが!?」
「マグロ星人ってなんだよ。俺だってマグロ以外も食うわ」
「猪狩、鯛」
「マキオちゃんは相変わらず飲んでんね〜……了解っと」
注文を終えると同時に、コータローのラーメンが運ばれてきた。寿司屋には似つかわしくない濃厚なスープの香りが漂った。
「……美味そうだな」
「でしょぉ〜、一口あげよっか?」
「いや、それはいい」
俺は濃いラーメンの匂いを嗅ぎながらサーモンを頬張った。コータローはラーメンを啜りながらタブレットをいじっている。
「えっと次は〜……コーンマヨ軍艦とコーンのかき揚げ頼もうかな〜」
コーンばっかじゃねえか。子供か。
「コータロー、マグロとサーモン頼む」
「クリスくん、ほんとそればっか」
「コーンまみれの男に言われたくねえよ」
「猪狩、生二つ」
「……もう何も言わないよ」
「ねぇ……ラーメン、美味しい?」
「え?めっちゃ美味しいよ」
「……〆に頼もうかな」
マキオ……お前もか。
その後、俺はひたすらマグロとサーモンを食った。マキオはひたすら酒を飲んでいた。コータローはラーメンで腹が膨れたのか苺ミルクをすすっていた。
「そろそろ腹いっぱいだなぁ……次で最後にするか。コータロー、炙りカルビ寿司二つ」
「〆それぇ?デザート食べないの?」
「甘いモンの気分じゃねんだよ」
「猪狩、ラーメン」
「おっ、マキオちゃんラーメンね!じゃあ僕は〜、ミルクレープ食べちゃおっかなぁ〜、でもチーズケーキも捨てがたいなぁ」
「甘いモンばっか食ってんなお前」
「だって寿司屋のデザートって全部食べたくなっちゃうんだもん」
「女子か」
やいやい言っているうちに各々の品が届いた。カルビは甘辛いタレがシャリに染みていて美味かった。マキオは無表情だが美味そうにラーメンを食っていた。コータローは結局チーズケーキも頼んでいた。
「いやぁ、今日は楽しかったなぁ!呼んでくれてありがとね、クリスくん!」
「ああ……なんだかんだお前らと飯食うの好きだからよ」
「やだぁ、クリスくんたらぁ!照れちゃう!」
「キメェ反応すんな」
「マキオちゃんも楽しかった?」
「ええ……お酒たくさん飲めたので」
「お前はブレねぇな……そろそろ行くか」
「あっ!待って!」
突然コータローが大きな声をあげた。
「なんだよデケェ声出して」
「これ!びっくらポンやってない!」
「あ?皿入れてクジ引くやつか。別にいいだろ」
「やだやだ!やりたい!」
ガキかお前は。
「あーもう……勝手にやっとけ」
「やったあ!」
コータローは意気揚々と皿を投入口に入れた。5枚投入したところで、タブレットにアニメーションが流れ始めた。よく分からなかったが、外れたということだけは分かった。
「あー、残念!もう一回!」
俺とマキオは子供のようにはしゃぐコータローを生暖かい目で見ていた。
「また外れかぁ。次こそ!」
そして始まったアニメーションは、今までと流れが違った。そして
「やったあぁぁ!当たった!」
どうやら当たったようだ。次の瞬間、頭上からガコンと音がした。見ると、ガチャガチャのような機械からカプセルが排出されていた。
「何かな何かな〜?」
コータローがウキウキしながらカプセルを開ける。出てきたのは、よく分からないアニメのストラップだった。
「何これ」
当てた張本人も微妙な顔をしている。
「クリスくん、いる?」
「いらねぇよ」
「マキ……」
「いりません」
食い気味に言われ、コータローは渋々カプセルをポケットにねじ込んだ。
「さて、帰るか」
俺たちは席を立った。そして会計に向かっている時、マキオがポツリと呟いた。
「また……来ましょう」
「おう」
俺は笑顔で彼女に答えた。

緑色の童話② (完結)

僕が人間の姿になっても、萌黄の態度はあまり変わらなかった。以前と変わらず仕事終わりには僕を撫で回した。彼女の曰く、唯一の癒やしらしい。晩ごはんは萌黄と同じものが用意されるようになった。僕は何度も食事は必要ないと言ったが、彼女は一緒に食事をするのが楽しいのだと言って譲らなかった。彼女の作るご飯は優しい味がした。寝る時も、僕たちは同じ布団で眠った。しかし最初、萌黄は床で寝ようとした。男の子と一緒に寝るのは恥ずかしいと言われた。だが僕は萌黄の温もりに慣れてしまっていたから、今更離れて眠るのは考えられなかった。そう言うと、萌黄は渋々寝台に上った。彼女を抱きしめると、顔を真っ赤にして固まっていた。それも以前のことで、今では抱きしめあって眠っている。

初夏になり、青々した葉っぱがみずみずしい輝きを放つようになってきた。僕は萌黄に、外へ出掛けたいとお願いした。
「そういえば、うちに来てから一歩も外に出てなかったもんね……よし、ピクニックに行こうか」
「ぴくにっく……?」
「そう、みどりは分からないか。お弁当を持ってね、外で景色を楽しみながら食べるの。楽しそうでしょ」
「うん、楽しそう!ぴくにっく行きたい!」
「決まりね。じゃあ次の休み、晴れてたら行こう」
僕は萌黄の仕事が休みの日を指折り数えた。
そして当日。その日は雲一つない快晴だった。萌黄は朝早くから楽しそうに弁当を用意していた。
そして僕らは、外へと繰り出した。暖かな風とそよぐ緑の葉。久しぶりに見るその光景は、とても輝いていた。僕は体の底から力が漲るような感覚を覚えた。しばらく歩くと、目的の公園に着いた。そこは木々が茂り、色とりどりの花が咲く美しい場所だった。広場では親子が遊んでいたり、老人が散歩をしたりしていた。
僕らは広場の隅の木陰に敷物を広げた。萌黄が鞄から弁当を取り出す。僕はワクワクしながら彼女が弁当の蓋を開けるのを待った。そして現れたのは、色鮮やかなおかずに白いご飯。無いはずの食欲がそそられる良い匂いがふわっと漂った。
「召し上がれ、みどり」 
「いいの?いただきます!」
僕はさっそく箸を取ると、綺麗な黄色の卵焼きを掴んだ。口へ運ぶと、優しい甘じょっぱさが広がった。
「おいしいよ!萌黄!」
彼女は嬉しそうに微笑んだ。
続いて僕は大根の煮物に箸を伸ばす。
「うん!おいしい」
「これも食べてみて」
萌黄が白い塊を指さした。
「何?これ」 
「これはポテトサラダっていってね、潰したお芋に野菜を混ぜたものだよ」
「へぇ、美味しそう!」
僕はそれを箸で一掬いし、ぱくりと食べた。
「これも美味しいね!」
「ほんと?良かった」
萌黄は楽しそうにぽてとさらだを口に運んだ。
それから僕たちは何気ない会話を楽しみながら弁当を食べた。いつもの家での食事と同じことをしているはずなのに、何だかいつもよりも美味しく感じた。おにぎりを頬張る萌黄の髪を緑色の風がふわりと揺らした。

それ以来、萌黄は僕を色々な所へ連れ出してくれるようになった。夕飯の買い物から百貨店、植物園や水族館など、本当に様々な場所に行った。僕にとっては見るもの全てが新鮮で面白かった。萌黄はそんな僕を優しい目で見ていた。

その日、帰ってきた萌黄の表情は暗かった。日課の僕を撫でることもせず、仕事着のままごろりと寝台に横になってしまった。
「萌黄?どうしたの?何かあった?」
萌黄はしばらく押し黙っていたが、やがてその口を開いた。
「この前水族館に行った時、同僚の子に見られてたらしくて……一緒にいた子誰?紹介してよって言われて……適当に知り合いって誤魔化して、紹介はできないって言ったの……。その後もしつこく言われてたけど全部断って……。そしたら今日、職場に変な噂が流れてたの……」
「変な噂?」
「私がみどりのことお金で買ってるって……。お金を渡してデートに付き合わせたり、色んなことしてるって……。多分、あの子が言いふらしたんだと思う……」
「何それ!酷いなぁ!萌黄はそんなことする人じゃないのに!」
「……ありがとう。でも、職場の人達はすっかりその噂を信じちゃってて……。居心地悪くて疲れちゃった……」
「萌黄……」
僕は萌黄の側に行って彼女の頭をそっと撫でた。
「元気出して、萌黄。そんな噂、すぐに消えるよ」
「……ありがとね、みどり。うん、心配かけてごめんね!すぐ晩ごはんの用意するから!」
萌黄は気丈にそう言うと、寝台から立ち上がった。しかしその顔にはまだ、疲れの色が滲んでいた。

その日以降、萌黄は見るからにやつれていった。こちらの声かけにもあまり応じてくれなくなり、ご飯もまともに食べなくなってしまった。原因はやはり、職場で流れているという噂だろう。無力な僕はただ彼女の頭を撫でることしかできなかった。
更に何日か経つと、急に泣き出したり、一人で何事かぶつぶつと呟くようになった。萌黄は相当追い詰められているようだった。
その日も萌黄は帰ってくるなり玄関にへたり込み、声を上げて泣き始めた。
「萌黄!」
僕は慌てて萌黄に駆け寄る。
「萌黄、大丈夫だから、ね、落ち着こう」
萌黄は僕を虚ろな目で見てポツリと呟いた。
「みどりが……あの芋虫のままだったら……こんなことにはならなかったのに……」
その言葉に、僕はひどく衝撃を受けた。嘘だ、萌黄がこんな、僕の存在を否定するようなことを言うなんて。いや、これは萌黄の本心じゃないかもしれない。心が疲れてつい言ってしまっただけかもしれない。それでも。その言葉が萌黄の口から溢れたことが悲しくて堪らなかった。

その夜、僕は眠れずにずっと萌黄のことを考えていた。このまま僕が側にいても、萌黄にしてやれることは何もない。それどころか、彼女を苦しめるだけではないのか。
僕がいない方が、彼女は幸せなのではないか。
一晩考えて、僕は彼女の前から姿を消すことにした。

次の日、萌黄が仕事に行っている間に、僕は手紙をしたためた。
『萌黄へ
 短い間だったけど、萌黄と過ごした時間は
 本当に楽しかったし、幸せだったよ。
 だからどうかこれからは、萌黄がいちばん
 幸せになれる道を選んでほしい。
 僕を拾ってくれて、本当にありがとう
 みどりより』
机の上に手紙を残し、僕は静かに部屋を出た。

あれから十年ほど経っただろうか。
あの後全国を旅していた僕は、久し振りにあの街に戻ってきていた。萌黄は元気にしているだろうか、などと考えながら街を歩いていると
「こら、待ちなさい!」
萌黄の声が聞こえてきた。驚いて振り向くとそこには、元気よく走り回る子供の姿。そして後から萌黄と、背の高い男が歩いてくるのが見えた。
萌黄は子供を捕まえると、愛おしそうに抱きしめた。男はそんな彼女の背に手を添えている。
そうか、萌黄は幸せになれたんだな。
僕は彼女らに背を向けて歩き出した。吹き抜けていく緑色の風は、まだ少し冷たかった。

夏の日のあおくん

太陽の光が燦々と降り注ぐ真夏のある日。私は大荷物を背負って歩いていた。目的地は勿論、あおくんの家だ。相変わらず日照り続きで参ってしまっているあおくんが、少しでも元気になればいいなと思い、今日はプレゼントを用意したのだった。
「あおくん、喜んでくれるかな……」
だらだらと滝のような汗を流しながら、私は彼の家へと急いだ。

ガラガラと玄関の戸を開ける。
「あおくーん、私!入るねー」
奥の部屋に向かって声を掛けると、嗄れた声でどうぞ、と返事が返ってきた。
「おじゃまします」
部屋は例によって寒いくらいに冷房が効いていた。私は荷物を下ろすと冷房を止めた。
「どうしたの、その荷物。それに冷房……」
あおくんは不安そうな目でこちらを見ている。
「大丈夫、今から涼しくなるから」
私は荷物を開けた。取り出したのは……
「じゃーん、かき氷器〜」 
あおくんは目をぱちくりさせている。
「かき氷、き?」
「そう!ここに氷を入れてね、ハンドルをガーッて回すと、シャーッてかき氷が出てくるんだよ」
雑な説明だったが、あおくんは理解してくれたようだ。
「今日はこれからかき氷を食べようと思います!」
「それはいいけど……うちに氷はないよ」
「ご心配なく」
私は傍らのクーラーボックスの蓋を開けた。
「こちらにご用意しております!なんとシロップも!」
私はドヤ顔であおくんを見た。あおくんは驚いていたが、やがてふにゃりと破顔した。
「すごい、すごいよ!」
「よし、じゃあ早速作ろうか」
私は台所へ向かうと、スプーンと青いガラスの器を二つ持ってきた。
「丁度いい器があったよ」
「ああ、そんなのもあったっけ。忘れていたよ」
私はかき氷器の下側に器を置くと、本体の蓋を開けて丸い氷をはめ込んだ。そして蓋を閉じハンドルを回すと、サラサラと綺麗なかき氷が落ちてきた。
「すごい、綺麗だ……」
あおくんは目を輝かせてその様子を見ていた。あっという間に、お皿にこんもりと氷の山ができた。
もう一つの器を置き、氷をセットしたところであおくんがおずおずと口を開いた。
「ね、ねぇ……僕もやってみたいんだけど……いいかい……?」
「勿論!ここを持って、時計回りに回すんだよ」
あおくんは水かきの生えた小さな手でハンドルを握ると、力いっぱい回し始めた。先程と同じようにシャラリシャラリと氷が降ってくる。
「わぁ、雪みたいだ」
「楽しいでしょ」
「ああ、すごく楽しい」
少し時間はかかったが、あおくんは立派な雪山を作り上げた。
「出来た!」
「お疲れ様、あおくん。あとはシロップをかけるだけだね」
私はクーラーボックスから瓶を取り出した。その中は青色の液体で満たされている。
「青い……水?」
「これはね、ブルーハワイっていう味のシロップなの」
「ぶるーはわい……?どんな味なんだい?」
「うーん…………甘い」
「なんだいそれ、分からないよ」
あおくんはケタケタと笑った。
「もー、食べれば分かるから!」
私は二つのかき氷にブルーハワイシロップを注いだ。真っ白な氷の山が鮮やかな青に染まる。
「はい、あおくん色のかき氷!」
私はあおくんに器を差し出した。彼は目をキラキラさせながら、小さな手でそっとそれを受け取った。
「私はあおくんが作ってくれたのを貰うね」
「ああ、食べておくれ」
私は青い氷をスプーンで一掬いし、口に運んだ。サラサラの氷はあっという間に口の中で溶け、爽やかな甘みが残った。
「美味し〜い!」
あおくんもスプーンを不器用に握って、かき氷を口に入れる。
「うん……美味しいよ!」
「ブルーハワイの味、する?」
「いや、えっと……甘い、ね」
私達は顔を見合わせて笑った。
かき氷はあっという間になくなってしまった。切なげに器の縁をスプーンでなぞっていると、あおくんが話し始めた。
「今日はありがとう。僕のために、重い荷物を背負って来てくれて、かき氷を作ってくれて、本当に嬉しかったし楽しかったよ」
「喜んでもらえてよかった……あ、あおくん、べーってして」
「え、ええ?」
戸惑いながら舌を出すあおくん。彼の長い舌は半分ほど真っ青に染まっていた。
「あはは、あおくんべろ真っ青〜」
「そっちこそ、舌を出してみてよ」
言われたとおりにべろを出す。きっと私のそれも真っ青になっているのだろう。あおくんは驚いた顔をした後、くすくすと笑った。
「お揃いだね」
「お揃いか……そうだね」
あおくんは何故か嬉しそうだった。

かき氷器や器を片付けた私達は、再び冷房をつけた部屋で寛いでいた。
「あおくん、今日は楽しかったねぇ」
「ああ、楽しかったよ。……ねぇ、またかき氷を食べさせてくれるかい?」
「いいよ、いつでも言って。なんならこれ、置いていこうか?」
「ああ、いや、そうではなく……来年も、再来年も、その先もずっと一緒にかき氷を食べたい」
「そういうことね。勿論、私がお婆ちゃんになっても一緒に食べよう」
「そう言ってくれて嬉しいよ」
あおくんが私に抱きついてきた。私は彼をそっと抱きしめた。ひんやりとした彼の体がとても心地良かった。