花忍本店

小説を載せます

The snake knows what the ill heart thinks.

それは零課に配属される少し前、まだ俺が刑事課にいた頃の話だ。とある大きなサイバー犯罪の特別捜査本部が敷かれることとなり、何故か俺もそこに召集された。しかし犯人の手掛かりも無く、捜査は泥沼にハマッていた。そんな中、事件に動きがあった。別件で聴取していたハッカーが事件への協力を申し出たのだ。

しかし、その協力者が曲者だった。何人もの捜査員が聴取にあたったが全員返り討ちにされ、何も聞き出せずじまいだった。そこで、課内でも若干煙たがられている俺にお鉢が回ってきたのだった。

 

「遅い」

取調室に入った途端、中にいた人物が忌々しげに吐き捨てた。

かなりイラッとしたが、こちらも大人なので怒りを抑えてそいつの正面に座る。

「刑事課の辻堂功利守です。改めてお名前を伺えますか?」

「ミカミ。白村ミカミだよ。何回も聞くな」

あ〜コイツムカつく。煙草吸いてえ。

「この度は捜査へのご協力感謝します。早速ですが……」

「キミ、そんなキャラじゃないだろ」

「は?」

「だから、そんな敬語でヘラヘラしてるキャラじゃないだろーって。もっとなんか、コイツムカつく、ブン殴ってやろうかーみたいな顔してるよ」

「さすがに女殴る趣味はねーよ」

「あ、素を出したな!」

「……」

や、やりづれえ……。しかし、このままでは前の奴らの二の舞だ。気を取り直して俺は口を開く。

「……白村さん」

「ミカミでいい」

「じゃあミカミ。今回の事件について知ってることを話してくれ。」

「どうしよっかな〜」

「……」

やっぱりぶん殴ってやろうかな。自分でも額に青筋が浮かんでいるのが分かった。ミカミはそんな俺を面白そうに眺めている。俺は我慢の限界を迎えた。

「……一本、いいか」

俺はポケットから煙草を取り出した。

「おや、取調室は禁煙じゃないのかい?」

「知るか。テメェのせいだ」

俺はミカミの了承を得る前に火を点けた。

「アッハッハ。面白いね、気に入ったよクリスくん」

ミカミは悪戯っぽい笑みを浮かべて言った。

「特別に教えてあげようじゃないか……ズバリ、今回の犯人はミカミの知り合いだよ」

「……え?」

「手口で分かった。ミカミは彼を知ってる。彼の考え方まで、全部」

「知ってるって……なんでだよ?」

「今はそれより、彼の居場所と次のターゲットを探る方が重要だろう。キミ、PC貸してくれ」

言われるがままに差し出す。ミカミは猛烈な勢いでキーボードを叩き始めた。

「ウーム……今までの犯行から、彼の居場所はだいたいこの辺りだと推測できるな」

ミカミがPCの画面を見せてくる。そこには都内の地図に赤い丸が描かれていた。

「どうしてそんなことが分かるんだ?」

「彼は慎重派であり、自分の目を何よりも頼りにしているからね。ターゲットを観察し、反応が見える場所にいるはずだ」

「……へぇ」

「そして彼は金銭に執着するタイプではないから、タワマンとかの高級住宅や一軒家に住んでいるとは考えにくい。だが合理性と利便性を重視する性格だから、コンビニの近くに住んでいる可能性が高いな。ここまで言えば、君たち無能な警察でも特定に時間は掛からないんじゃないかな」

「いちいちムカつくなお前……だがありがてぇ」

「そして次のターゲットだが……」

ミカミはまたカタカタと小気味良い音を立ててキーボードを叩いた。

「今までは企業ばかり狙っていた。だが、次はもっと大きな機関を狙うんじゃないかと思っている……例えば、国家機関とかね」

「国家……!?」

俺はポケット灰皿に煙草を押し込みミカミに詰め寄った。

「ああ。今までの件は企業のデータ収集も勿論目的にあっただろうが、彼にとっては予行練習に過ぎなかったのではないかと思うのだよ。見てごらん」

ミカミは俺にPCの画面を突きつけた。

「これまで被害を受けた企業だが、どこも政府や官庁と取引や繋がりがあるだろう?」

「本当だ……」

「彼の本当の狙いは、国家機関へのハッキングだ。ミカミの見立てだと……厚労省、かな」

「……!それは……大変なことになるぞ……」

「だろうね」

とんでもないことを口にしておきながら、ミカミは飄々としている。

「そして次の犯行だが……実行日はおそらく遠くない。今までも犯行の間隔は一週間と空いていないことを考えると……おそらく三日以内には事を起こすだろうな」

「そんなにすぐ……」

「ああ。どうする?クリスくん」

「……すぐに本部に知らせてくる」

俺はミカミを残し取調室を後にした。

 

ミカミから聞いた内容を上司に報告すると、最初は皆半信半疑といった様子だった。犯罪者の言うことを信じるのか、真犯人とグルではないのか、という声もあった。しかし、今はこれしか情報がないことや、ミカミの証言に一定の信憑性が認められたことで、本部は動き出した。が、俺は捜査からハブられ、引き続きミカミのお守り……もとい見張りを押し付けられたのだった。

 

気怠げに取調室の扉を開く。ミカミはPCとにらめっこしていた。

「やあ、おかえり」

「おう……何してんだお前」

「いやなに、キミのソリティアの記録を破ってやろうとしてたんだが……クソッ、また手詰まりだ!キミ、どんだけやり込んでるんだい!」

「あー、一時期仕事してるフリしてひたすらやってたわ」

「畜生!ミカミは一色じゃないとクリアできないのに!」

腕利きのハッカーソリティアは苦手なようだった。

俺は煙草に火を点けると、ミカミに語りかけた。

「捜査本部が動き出した。お前の証言を全面的に信用してな」

「当然のことだね」

「なあミカミ」

「何だい、ミカミの頭脳に恐れおののいたかい」

「この犯人、お前の友達じゃねーの?」

「……ただの知り合いだが?」

「にしては行動とか、心理にやけに詳しいっつーか、相手のこと分かりすぎっつーかさ」

「……」黙り込むミカミ。

「まあ言いたくねえなら別に……」

「……ミカミはねぇ、この人にハッキングを教わったんだよ」

唐突な告白。思わずミカミの顔を見る。

「本当に1から100までこの人に教わった。楽しかったよ、ブラック企業の実態をTwitterに流したり、汚職政治家の所業を世間に暴露したり」

「んなことしてたのか」

「ああ、ミカミ達が正義だと信じて疑ってなかった。でも、そうじゃなかった」

ミカミの瞳が翳る。

「あの人はだんだんおかしくなっていった。優良企業のありもしないデマを流したり、地方自治体のサイトを乗っ取ろうとしたり、詐欺まがいのことまでし始めた……俺たちが正しい、俺たちがこの国を変えてやるんだなんて口癖みたいに言ってさ。さすがのミカミもついていけなくなって、彼から離れた。ほとんど喧嘩別れみたいなもんだったけど」

「ミカミ……」

「あの人を売るようなことして、後悔がないわけじゃない。でも、嫌だったんだよ。楽しかった頃の思い出を汚されたみたいでさ……だからこれはミカミのワガママ。善行でも正義でもなんでもない、ただのワガママなんだよ」

「そうか……でも、お前のおかげで救われる奴は沢山いるはずだぜ、例えば今日こそ帰れるかもしれない俺とか」

「フフ、なんだいそれ」

ミカミは泣きながら笑った。

 

その後、ミカミの協力の甲斐あって一人の男が逮捕された。概ね犯行を認めているとのことだ。やはり真の狙いは国家機関、それもミカミの見立て通り厚労省のハッキング及びデータ流出とそれに伴う国家への信用失墜だったそうだ。

そして犯人逮捕に貢献したとしてミカミは釈放されることになった。

「実はここに来ることになったアレ、わざとなんだよね」

警察署の廊下を歩きながら、ミカミが唐突に呟いた。

「……今なら、お前が尻尾を出すようなヤツじゃないって分かるわ」

「イヒ、ありがと。本当ならもっと早く動くつもりだったんだけど、キミたちが無能だから時間かかっちゃったじゃん」

「お前はいちいち嫌味言わねえと気が済まないのか」

「気が済まないね。でもまぁ、君のおかげで事件は解決したし、ミカミも晴れて自由の身だし、なかなか見どころあるじゃないかキミ」

「そりゃどーも」 

「君とミカミ、なかなかいいコンビになれそうじゃないか、どうだいミカミと一緒に正義のハッカー二人組にならないか?」

「死んでも御免だ」

「あはっ、ミカミもだよ!」

玄関に到着する。

「頼むからもう来んな」

「イヒヒ、約束はできないなぁ……でもとりあえず、バイバイ!クリスくん!」

ミカミはブンブンと手を振りながら警察署を後にした。

……ああ、煙草が吸いたい。