花忍本店

小説を載せます

星色の童話④

次の日、美夜の言葉通り我々は彼女の地元へと戻った。移動中、背負い鞄にしまわれていたのは窮屈だった。電車を降りると美夜は、人目に付かない場所で俺を鞄から出してくれた。
鞄から出ると、空には星が燦然と輝いていた。俺は体の底から力が漲ってくるのを感じた。みるみるうちに俺の体は人の姿へと戻った。俺が完全に元の姿になったのを見て、美夜は涙を浮かべながら良かった、と抱きついてきた。
「帰ろう、家に」
鞄を背負い直して歩き出した彼女を追って、俺も夜の街に一歩を踏み出した。

家に着くなり美夜は、父親に深々と頭を下げた。彼女の父親はそんな美夜の様子と俺の姿に驚いていたが、意外なほどにすんなりと家にあげてくれた。美夜は、今までのことを洗いざらい話した。父親やこの街に不満を抱いていたこと、そんな中で俺と出会い心を通じ合わせたこと、家出して東京で暮らしていたこと、俺が弱ってしまい戻ってきたこと。父親は黙って美夜の話を聞いていた。そして美夜が話し終えると、彼は静かに言った。
「……お前のことを大事にしてやれなくて、すまなかった。帰ってきてくれてありがとう、美夜」
美夜はポロポロと涙を零した。

美夜の父親の名は光治といった。光治は無口な男だった。俺は美夜との関係など、色々問い質されるだろうと身構えていたため、彼が何も言ってこないことに拍子抜けしていた。
だが一夜明け翌日。美夜が席を立った間合いで光治がようやく口を開いた。
「君はいったい……何者だ?」
「俺か?俺はただ美夜が好きなだけの化物さ」
「化物……には俺には見えないが……。君が美夜を連れ戻してくれたのか」
「いや、違うな。美夜は自分の意志でここへ戻ってきた。半ば俺の所為ではあるが……」
「君の目から見て美夜は……どんな子だ?」
「ふむ、朗らかで優しい娘だ。笑顔が可愛らしい。それから自分の芯を強く持っているな。料理も上手い。あとは……」
「あ、もう十分だ……君にこんなに愛されて、美夜は幸せ者だ」
「ああ、俺は美夜を愛している」
「あの子を放ったらかしにした俺が言うのも何だが……どうか、美夜の側にいてやってほしい」
この通りだ、と光治は頭を下げた。
「当たり前だ。元より離れる気はない……もっとも、光治が許さなければ勝手に連れ出すつもりだったが」
光治は少し困った顔をして頼もしいな、と言った。

数日後、美夜が髪を黒く染めた。コウソクとやらで金髪は禁じられているらしい。俺は美夜の綺麗な金髪が失われたことが悲しくてならなかった。しかし美夜は明るく、これでちゃんと学校に通える、と言って笑った。彼女の笑顔は変わらず眩しかった。髪が黒くなろうと美夜は美夜だった。俺は金色の髪への未練を断ち切った。
美夜は煙草も止めた。というか、俺が止めさせた。俺が「美夜には一秒でも長く俺の隣で生きてほしい」と言うと、彼女は顔を赤くして頷き、それ以来ピッタリと吸わなくなった。

美夜の家で暮らし始めたものの、日中は退屈だった。美夜は学校で光治は仕事。俺はてれびとやらを見て暇を潰していたが、どうも面白くない。俺は二人に何か仕事はないかと尋ねた。二人は最初戸惑っていたが、協議の結果家事全般を俺に任せてくれることになった。俺は掃除や洗濯の仕方を二人から教わった。機械の扱いは難しかった。アイロンとやらには文字通り手を焼いた。しかし二人が根気よく教えてくれたおかげで、ある程度は出来るようになった。その過程で、美夜と光治の会話が増えた。俺の馬鹿な失敗に二人で笑い合う場面も見られた。俺はそんな二人を微笑ましく眺めていた。

一年と少しして、美夜は学校を卒業した。既に地元で就職が決まっているという。卒業式には光治が出席した。帰ってきた光治は目を腫らしていた。その晩、俺たちはささやかなお祝いぱーてぃを開いた。俺は腕によりをかけて美夜の好物を作った。光治はけーきとやらを買ってきていた。美夜はその全てに目を輝かせていた。食後、俺と光治から美夜へ贈り物を渡した。俺からは星をあしらった首飾りを。光治は時計を贈っていた。美夜は涙を流してありがとう、と繰り返し言った。
「実は君にもあるんだ」
光治がこちらに向き直って言った。
彼が渡して来たのは、美夜の時計とよく似た形の腕輪だった。
「君のおかげで美夜は高校を卒業して、就職もできた。君がいなければ美夜は今ここにはいなかったかもしれない。ありがとう、受け取ってくれ」
「俺はただ美夜の側にいただけだが……いや、ありがたく頂くよ、光治」
俺は腕輪を大事に身に着けた。

仕事が始まり、美夜は毎日忙しくしていた。美夜の仕事は望んでいたあぱれるとやらではなかったが、生き生きと取り組んでいるようだった。そんな忙しい毎日でも、俺たちはそろって食事を取り、夜は一緒に眠った。この生活が、俺には何よりも尊いものだった。

「なぁ北斗」
ある夜、布団の中で美夜が話しかけてきた。
「どうした、美夜」
「あたしさ、北斗に出会えたおかげでこんなに幸せになれた……東京に行くとか、アパレルの仕事に就くとか夢はあったけど、そんなのどうでもよくなっちゃった。北斗さえそばにいてくれれば、それでいい。ありがとな、北斗」
「俺もだ。美夜さえいれぱ何も要らない。だからずっと、俺の側にいてくれ」
「当たり前じゃん」
そう言う美夜の頭を撫でる。彼女は気持ちよさそうに目を閉じると、静かに寝息をたて始めた。

俺は窓の外の星空を見上げた。俺は夜な夜な、隣で眠る美夜という星に願いを込めている。彼女が永遠に俺の隣にいてくれるように。俺の元へ飛び込んできた流星に、願いを。